25 二日目⑥エメリーとジンジャーエール

 父子が重い獲物をややひきずる様にして持って戻ると、どうも様子がおかしい。


「あ、旦那様、凄い獲物ですね!」


 イーデンは鹿を見るなりそう言う。


「ああ、すぐに見つかったので正直驚いた。普通、そう簡単に出てくるものではないと思うんだがな……」


 エイブラハムはやや首を傾げる。


「おや、エメリーはどうしたんだい?」


 額に手を当てて木にもたれかかったまま座り込んでいる。


「ああ貴方、どうも調子が悪い様なんですわ。疲れかしら」

「珍しいな」


 エメリーはともかくメイド達の中でも健康で、真面目で、少なくとも主の前でその様な姿を見せることは今までになかった。

 特にチェリアからしたら、常に健康状態を保つこともメイドとしての仕事の一つ! と言っている彼女にしてはおかしいな、と思っていた。


「まあこういうこともあるさ。動きたくないなら、しばらくはゆっくりさせてやろう」

「そうですわね」


 ルイスに手がかからない珍しい日で良かった、とサリーは思う。

 いつもだったら、ルイスがあっちこっちに走り回ったり、転んですりむいて泣き出したりするのに、エメリーは常に対処しているのだ。

 だが今日に限って、ルイスが大人しい。 いつもこうだったら楽かもね、と思いつつ、一方で元気が無いのは身体の調子が悪いのかしら、とも思ったりする。

 とは言え、熱がある訳でもなし。

 ただこういう時はあとで熱が出ることもあるから、と気をつけておこうとはサリーも思った。


「エメリー、ジンジャエールだけど飲める?」


 チェリアはコップを差し出す。


「ああ、ありがとう」


 エメリーは受け取ると、するする、と一気にそれを飲み干してしまう。


「……お、お代わり貰ってこようか?」

「ありがとう」


 そう言ってエメリーはチェリアに向かって静かに笑みを浮かべた。


「一気に呑んじゃった。珍しい」


 持ってきたポットに入っているそれを、もう一杯汲む。

 そもそもジンジャーエールはさほど好きではなかったのではなかったかしら。

 チェリアはふと思う。

 気付けと、爽やかな飲み口であるからと持っていったが、普段エメリーは好きで何杯も呑む方ではない。


「湯を沸かして、お茶を淹れようか」

「あ、はい」


 まずそっちが先だ、とチェリアは思う。

 茶だけではない。コーヒーも持ってきている。

 旦那様はコーヒーがお好きなのだ。

 広げたバスケットの中から、食器を出して折り畳みテーブルの上に乗せ。

 そこにサンドイッチと菓子を段々に積み上げて行く。

 湯沸かしにはアルコールランプを用意している。

 そこに真っ直ぐ長いケトルを乗せて、家族分の湯を充分に沸騰させ、チェリアはそれぞれにお茶なりコーヒーなりを淹れた。


「今日は鹿肉のステーキだね!」


 ウィリアムは置かれた獲物を見て言う。


「俺ちょっと、血抜きだけしてきます」


 イーデンはそう言うと、家族に見えない側へと鹿を引きずっていった。

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