12 一日目⑧かご二杯のラズベリー
マーシャは館の裏に回った。
この館に来た時から、馴染みの色が目を奪っていたのである。真っ赤なラズベリー、丸々としたブルーベリー、触れれば落ちそうなくらいに熟したブラックベリー。
それらがちょうど自分にとって採りやすい高さにこれでもかとばかりにもりもりと生っているのを目の端に掴んだ時、これは絶対! と彼女は思ったのだった。
持ってきた籠は二つ。
これならすぐに一杯になる。
木の前に立ち、指先でぽろぽろとすぐに落ちてくる程に熟した実を籠に入れて行く。
とりあえずはラズベリーだ。
採れるだけ採ろう、とマーシャは手袋をした手をせわしなく動かす。
「棘が刺さったらいけないからね……っと、んー、この酸味っ!」
味見もしつつ。
本当にあっという間だった。
これだけの良質の実が、こんな短時間に籠二杯も採れるなんて、そうそう無い。
両手に籠を下げ、再び館の中へと戻って行く。
するとその途中で、フランス窓を開けて仮の居間にした部屋からルイスが飛び出してきた。
「マーシャぁ、なに、そのかご」
「坊ちゃん走っては危ないですよ。裏にもの凄く沢山ベリーが生っている木がありましてね。ほら」
かがみ込んで、籠の中を見せる。
「うわすごい、いっこ」
ひょい、とルイスはラズベリーを一つつまむと、口の中に放り込んだ。
「いや、坊ちゃんそれ洗っていないですから……」
「まえも木からたべたことがあるよー」
「どうしたんだい? マーシャ」
「ああ旦那様、坊ちゃんが採ったばかりのラズベリーをお摘まみになってしまって」
「こら、これからマーシャ達が使うんだぞ。横から取ってはいけないな」
「いや旦那様そこではなく」
「心配するな、前も皆で森に行った時に、その場で摘んで食べたことはある。腹など壊しはしないさ。ところで確かにずいぶん見事なラズベリーだな」
「はい。ブルーベリーもブラックベリーもたわわに実ってましたので、今からジャムを作ろうと思うのですが、明日以降、他のも収穫しようと思います」
「林檎はどうだね? 行きの道にずいぶんとつやつやと生っていたが」
「ガードルードさんに聞いて、順番で」
「そうだな、楽しみにしているよ」
エイブラハムはそう言うと、両手に籠を持つ彼女を見送った。
「ルイス! もう。勝手に籠から取っちゃ駄目だって言ったじゃない!」
父親とマーシャの会話に、マリアはルイスを姉らしく叱りつける。
が、その心の半分は自分もつまみたかった、という気持ちに他ならない。
「お父様、明日狩りに行くのでしょう? 私達も連れてって。ねえいいでしょう? お母様」
「そうね、お父様の銃の腕も久々に見たいでしょうし。ね、貴方」
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