8 一日目④ きょうだいは草原を走り、夫婦は周囲を散歩する

 さてそんな風に使用人達が色々と用意している間の主人達だが。


「うわぁ、広い庭ぁ」

「あの柵の向こうも草原なのよね」


 石造りの柵で囲われている前庭の芝生はふさふさと、豊かな緑をそよ風に揺らす。


「ちょっと柵の辺りまで行ってみるー!」


 マリアは走り出した。


「お嬢様! 帽子を!」


 途中で飛ばした帽子をイーデンが持ってくる。

 ありがと、と言ってマリアは両手で押さえて走り出す。

 待てよ、とそれを兄が追いかける。


「ぼくも行くー」


 目を覚ましたルイスも走りだそうとするが、突然の階段、今居る車回しが案外高い場所にあることに気付くと、足がすくんだ様だ。


「まあ、応接にとりあえず寄せると言っておいたから、そこの準備ができるまで待つとするか」

「そうですわねむ貴方。それにしても本当にずいぶん向こうまではるばる見えること」

「うん、でも…… なあ」


 エイブラハムはやや首を傾げる。


「どうしましたの?」

「いや、僕の記憶では、確かあの辺りに林があった気がするんだが」

「でもそれ、もう結構昔のことでしょう? 記憶違いでなくって?」

「そうかなあ、そうかもなあ」


 とは言え、エイブラハムにとっては懐かしい青春の一頁の舞台である。

 美化しているのだろうか、とも思わなくもないが。


「ちょっと館の周りを回ってみましょうよ」


 ルイスを頼むわね、とチェリアに言うと、サリーは夫の腕を取った。

 むっとするルイスにチェリアはかがんで目線を合わせる。


「少しの間ですよ坊ちゃま。そうしたらお茶の支度ができていて、坊ちゃまのお好きなスコーンに甘い甘いジャムをつけて差し上げますから」

「本当!?」

「ええ」


 半分ははったりだが。

 それでもチェリアは、ガードルードが何をまず当座の食料として携えてきたか知っていたし、到着した時の手順も皆で押さえていた。

 この館の間取りもおおよそは頭に入れてある。

 まず台所、そして主人が落ちつく部屋、その後にお茶の用意、自分達は寝室の用意、キッチンでは夕食の用意。

 倉庫の確認もまだしていない状況では、夕食の素材までは用意してある。自分達も加えて。

 昼は軽く皆サンドイッチだったので、夜には肉が必要なんだろうな、とルイスの相手をしながらチェリアは思う。


「それにしても本当に広いですね坊ちゃま、ほら、お兄様達がもうあんな小さく」


 柵の辺りまで走っていった二人の姿がずいぶん小さく見える。

 だがどうもルイスの視線はそこにはない。


「どうしました?」

「チェリア、あそこ」


 小さな指は、きょうだい達の居るのとは別方向の草原を指していた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る