5 一日目① 長い道中

 馬車を数台連ねて、総勢十六人が行く。

 いや、そこに馬丁と御者も加えれば二十人がところか。


「こんなに沢山で何処か行くの初めてね!」


 マリア・メイは馬車の窓から外を眺めながら叫んだ。都会から遠ざかって行くに連れ、彼女にとっては初めて見る珍しい風景が広がって行く。


「おいマリア、そんなに乗り出すと帽子が飛ぶぞ」

「大丈夫よお兄様!――っ!」


 ひゅう、と唐突な風が彼女の帽子を巻き上げた。

 ああああああ、とマリアは声を上げる。


「よっ」


 後の幌馬車の御者台の後に陣取っていたイーデンが腕を伸ばした。


「お嬢様! 大丈夫ですよ!」

「ありがとう!」

「だから言ったこっちゃない」

「今度から気をつけるわよ!」


 やれやれ、とばかりにウィリアムは本の続きに目をやる。

 長い時間揺られているのも何だから、と彼は最近友人に勧められて買った本を広げているが、なかなか頭に入ってこない。


「目を悪くするぞ」


 父親はそう言う。

 どうやら彼には覚えがあるらしい。


「……あとどのくらいかかりますか?」

「まあそうだな」


 エイブラハムは胸ポケットから時計を出した。


「まあ、……本読んでいなさい」


 まだまだかかるんだな、とウィリアムは肩をすくめた。



 一方後の使用人や荷物を積んだ幌馬車の中は実にけたたましかった。

 幌馬車からでは外がさして見えない。結局お喋りくらいしかすることは無いのだ。

 執事のガードとミセス・セイムスは一家と共に前二台の馬車に乗っている。

 それ以外の若い者達が幌馬車なのだが、殆どが若い女性という始末。

 最も、年かさのガードルードはこれ幸いとたっぷりした身体を荷物にもたれさせて到着まで寝ることにしていた。

 何と言っても既に三十代半ばなのだ。十代二十代の若い子達の疲れ知らずにはついていけない。

 台所関係は、到着すればすぐに仕事を始めなくてはならない。

 眠れる時には寝ておいた方がいい、とばかりに。

 だが同じキッチンメイドでも、ヘッティとマーシャはまだ本当に若い。

 同じ歳頃の四人と、ここぞとばかりにこの空いた時間をお喋りに費やしていた。


「ねえねえエメリーさん、結婚の宛てが無い訳じゃないって、恋人が居るの?」


 フランシアはずっと聞きたくてうずうずしていた様だった。エメリーはそれに対しては苦笑しつつ。


「ええまあ。でもわざわざ言う程のことじゃないでしょ……」

「や、それは私達にとっても問題ですよ。エメリーさんがもし結婚して辞めてしまったら、誰が今私達をまとめてくれるんですかぁ」


 チェリアも言う。

 それはエメリーも少々迷うところだった。

 ともかく今の屋敷のハウスメイドは皆あまり歳の変わらない者ばかりだ。

 どちらかと言うと、他家よりは若い者が多い。

 自分が辞めたとしたら、次は一つ下の同僚だが、今一つ人望が無い。

 この一緒に来ているベルは腕は良いのだが、大人しすぎて、人をまとめるには向いていない。

 まとめるのが上手い者は居るのだが、どうにもがさつだったりもする。

 ベルがもう少し覇気があればなあ、と常々思っては居るのだが。

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