第一部 終わりからの、始まり 1章 殺人
『7月某日 発生』
蒸し暑い7月の事だった。 その日は、台風が関東を通り過ぎる影響からか。 朝から強風を伴う激しい雨が断続的に降り続いていた。
然し、激しく降っていた雨が丁度上がった深夜。 さいたま市内を流れる太い川の河川敷。 東京都と繋がる道の途中に架かる或る橋の下で。
「ハアっ、ハアっ」
闇の中。 陰にもならぬ陰の中で、何かが蠢いている。 激しく動いているのは、男の腰だ。 スポーツ刈りの髪が伸びた感じの頭髪。 身体は、痩せ型。 動きを見るに、これは性交だろう・・。 川岸の草むらの上で中腰になり、一心不乱に腰を動かしている。
「う゛ぐっ・・う゛う゛っ」
男の欲望を迎えている女性は、猿轡の代わりに口へガムテープを貼られている。 また、左右の手首も後ろに回されて、ガムテープでグルグル巻きに。 四つん這いの様にうつ伏せにされ、頭を地面に着かされている女性は、草むらとコンクリート岸の狭間へ額や頬を擦り付けているではないか。
明らかに強引に引き裂かれた感じのYシャツの間では、重力に従ってぶら下がる様な乳房が、男の動きに合わせて激しく揺れ動き。 女性の太股の片方には、強引に引き千切られた紐で留める下着が、破られたストッキングに絡まって引っかかり動いていた。 そして、女性の顔を見る事が出来るとしたならば、誰にでも判る筈だが。 快楽など感じる余裕すらない。 恐怖・苦痛に歪んだ顔で在る。
恐らく、これは・・明らかに強姦(レイプ)だろう。
(たっ、助けてっ!!!! だ・れかっ、助けてええええっ!!!!)
涙して心が張り裂けんばかりに思いながも、声を上げられずも助けを訴える女性。 だが、身動きが取れずに、逃げる事すら叶わず。 また、断続的に降った大雨に加え、風が非常に激しかった所為か。 歩行者と自転車だけが通行できる専用の道路が土手となる斜面を上った所に在るのだが。 台風も雨が過ぎたばかりのこんな深夜に、通り掛かる影も無かった。
この女性がどれ程の間に亘ってこんな惨い事をされているのか、それは解らない。 だが、男の動きがいよいよ加速して。
「う゛っ・・、さぁ、イクぞっ!!」
激しく腰を動かしていた男がまた、絶頂を迎えるらしい。
「う゛あ゛あ゛あ゛………」
自分の体内で受け止める男の欲望の温度に。 殆ど響きもしない、音にも成らない拒絶の呻きを上げる被害者の女性。
「あああ・・・・・・あう・・・ふう・・」
一方的に女性を蹂躙した男は、身勝手に満足したのか。 一息着いてから女性の体内より男根を引き抜いた。
乱暴な行為が漸く途切れ。
「う゛・・・う゛う゛……」
身動きの取れない女性は、地獄の様な時間から解放されてか。 先の見えない今に休息を得て、絶望にまた涙する。 自分の陰部から溢れ出る男性の体液が、生温かい存在感を伝えながら肌を流れて下へと滴って行く。 望まない事を拘束されて押し付けられることで、とにかくこの絶望の時間が早く終わって欲しいと願う。 嵐の大雨が上がったばかりの闇の中。 この凶行が、人目に付く事は無い。
“何で、なんでぇ…? 何で、タクシーで、私は帰らなかったの?”
と、後悔し尽くした女性だったが…。
卑怯な行為を終えた男は、もう性交に満足したのか。 下ろしていたズボンを上げて直してから何故か、女性に脇に来た。
「おい」
と、声を出す男は、女性の跪いて居る腰の辺りを蹴る。
「う゛っ!!!」
コンクリートの川縁近くの草むした地面に、蹴られた勢いから力の入らない身体をゴロンと倒す女性で。
(助けて・・・、もう、終わってぇぇぇぇぇぇぇっ)
とにかく助かりたい一心の女性は、もうこれ以上の悲劇は止めて欲しいと。 必死に、祈り泣く事しか出来ない。 心も、身体も、当にボロボロで在った。
だが、これで男の凶行の全てが終わった訳では・・・なかった。
「さ~て、最後の仕上げだ。 悪いが、死ね」
女性を見下ろした男が、軽々しくこう言い放つ。
「う゛う゛っ?!!!」
言葉に驚いた女性は、殺されると解り。 本能のままにもがき逃げようと動くのだが…。
「待て、まてまて汚い女め」
彼がこんなにも自分を汚したのに。 男はそんな事も知らなかったと感じられる程にサラッと言い。 もがき逃げ出そうとする女性の両足首を掴んだ。
「う゛うっ、う゛うううっ!!!」
必死に誰か通り掛からないかと切望しながら、女性は足首からだけでも男の手を振り解こうとする。
だが、足を掴んだ男は、声の出ないままに泣き叫ぶ女性の身体をグイグイと押し込んでいく。
(ウソっ! そっちは川ぁぁぁつ!! ヤダだ! 死にたくないっ!!!!!!)
押し込まれて行く先から、増水した川の轟々とした流れの音がする。 手は縛られ、足は破けたストッキングが絡まり上手く動かない。 こんな状態であの増水した川に投げ込まれたら、溺れて窒息してしまう。 そして、自分は泳げない。
この状態でも、やはり命が懸かって女性も抵抗する。 その抵抗を感じた男性は、見下した相手の意外な抵抗を感じたらしい。
「バカ女っ、もう死ぬんだから暴れるなよ」
衝動的にムカついて、川へ押し込む為に女性の脇腹辺りを蹴った男性。
だが、押される女性も必死に力を込めて、身体を止めようとした。 脇腹に激しい痛みが走って力が抜けると、泥に塗れたコンクリート岸に顔をジョリジョリと酷く擦る。 髪の毛がブチブチと抜け、顔の皮膚が擦り剥ける。 だが、その痛みより今は、とにかく助かりたかった。
だが、女性の足首を持った男性は、また女性の腹を何度も蹴った。
「ん"っ、んう゛っ!!!!」
蹴られた衝動で体が少し浮き上がった時、足を持った男がグイグイと力を更にを込めて来た。 一気に前へ進んだ事に女性が絶望を感じた時に、遂に女性の頭から胸元まで一気に川の中へと落ちた。
(がばばば・・、ぐぐ・・ぐるぢいっ!!! だすけでえええっ!!!!)
バシャバシャと、魚が暴れる様にもがく女性の身体だが。 斜めにされて、更に腹の辺りまで水に入った。
「あははは、いいぞ~。 もがけ、苦しんで死ね。 ムカつく女が死ぬのは、実にイイ感じだっ」
おぞましい事を平気で言う男。 暗い中で、その顔は解らないが。 明らかに快楽的な目的で殺意を剥き出しにしながら、異性と云う女性を溺れさせていると感じられた。
一方、自分を罵る男の声を聞きながら、次第に苦しみが意識の全てにまで満たされて行く女性は、死ぬ自分を悟った。
その瞬間。
殺意・憎悪などと云う言葉を超越した。 どす黒く激しい負の感情が、何処からとなく女性の中に溢れて来た。 まるでそれは、書道などで使う墨汁を風呂場の浴槽にぶちまける様な…。
(ごろじでやるっ!!!! 呪ってやるううううぅぅ・・・絶対に・・・ゆる・・さ・・ない・)
怒り、憎しみ、あらゆる全ての感情が、相手を殺すことのみに染る。
彼女は、亡くなるのだろう。 暴れる力が急速に弱まって行く。 顔は暗い夜の水面の中で、闇色に染る水中では相手の顔も見えない。 だが、それは彼女を溺れさせている男も同じ。
それは、彼女の死ぬ直前で在る。 水の中で激しく何か、断末魔となる言葉を叫んだ女性で、口を激しく動かして空気を吐いた。 そのまま、彼女の眼は動かなくなる。 だが、その顔に、奇妙な変化が起こる。 目が・・目蓋や目元をジワジワと裂いて飛び出す様に歪み。 テープの猿轡の外にまで、口が徐々に裂けて行くではないか。
そして、女性は動かなくなった。
「ン? 死(い)っちまったか?」
男がこう言ったのは、足を持った男の手にもがく女性の抵抗が無くなったからだ。
“ザブン!!”
川に何かを投げ込んだような音が響く。 女性の遺体を流す為に投げ込んだ音である。
「………」
その後。 川縁に佇んだ男は、その増水した川を見つめている内に。
「あ~、ふう」
満足感の後に来る、一種の虚無感に襲われながら溜息を吐いて。 そして、その場を立ち去った。
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