6、せっかくの初デートだったのに。
薄暗い塔の中に押し込まれて、私は男たちの気配が消えたのを確認すると、セリ様の様子を見に行きたくて、身体を動かす。
ここに連れて来られるまで目隠しをさせられ、手や足は縛られている。
それにセリ様は気絶させられてしまって、私は心配で心配で気が気ではなかった。
身体を拗らせ、なんとか彼の側までくると、目隠しを何とか外す。
明かりは少ししかないが、耳を口元に近づけると息をしているのが分かって安堵する。
とりあえず、手足の自由を確保せねばならなかった。
幸い、縛ることに慣れてない人だったのか結び目は簡単に解くことが出来た。
こちらはだてに、騎士達からあらゆることを教えてもらってはいない。
1人しかいない跡取り。
自分でも窮地から脱せれるように色々と訓練していたし、頭を使うよりも身体を使う方が私には合っていた。
武術には自信はあったのに完全に油断していた。
こうなったのは私のせい。
セリ様との初デートに浮かれ、注意を怠った。
彼に女の子らしく無い姿を見せたくなくて、躊躇してしまったから。
カフェで甘味を堪能した後、名残惜しいが店を出る時間になってしまった。
ヨウが代金を払っている間、火照ってしまった顔を沈める為に、1人で店から出てしまった。
セリ様のまっすぐな視線に耐えれなくなったと言ってもいい。
普段の温室のテーブルとは違い、少し小さいものだったからか、彼との距離が近かった。
甘味処を食べる彼を見つめ、見つめかえされ。
心臓が耐えれないかもしれない・・・。
そう思い1人で店から出てしまった。
それが不運の始まり。
どうやらカフェで談笑していた時から、私たち一行に目をつけていたガラの悪い男たちが声をかけてきた。
刃物をチラつかせて・・・。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わないから、早くそこの馬車に乗りな」
喧騒に紛れ、自分だけにしか聞こえてないような小声だったが、殺気を感じた。
だけどここで怯む私ではない。
「・・・お断りします」
毅然と私は拒絶する。
「手荒な真似はしたくないのだけどな・・・」
「サラ様!」
店から出てきた彼が、ごろつきに囲まれた私を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
「ちっ」
男はセリ様を見つけると、私の脇腹を1発殴る。
「ぐっ」
気絶しそうなほどの痛みに、私は膝を折る。
だけど反撃できなくはなかったのだ。
この男たちを叩きのめすほどの余力はあったのだから。
だけど、出来なかった。
彼に女性とは思えない程の剣術を見せたくなかった。
綺麗な私のままでいたかった。
だから反撃できなかった。
結果として、私を庇いセリ様は傷つき、監禁されるという事態に陥ってしまった。
あの脇腹を殴られた時に、迷う事なく反撃していれば。
そのせいで綺麗な顔をしていると彼まで気絶させられ、共にこの石造りの部屋につれてこられた。
私が王女だから、誘拐されたとは思えない。
それは直感。
どちらかといえば綺麗な容姿の人たちを攫っている、そんな感触だった。
気を失ったフリをして、ここに連れて来られている最中、馬車で会話している男たちは「今日は上物だな」などと会話しているのが聞こえてきていたから。
それに私を閉じ込める場所を、こんなに簡素なところにしないはずだ。
今、街では頻繁に年頃の男女や、少年少女が誘拐されていると聞く。
宰相たちの言葉をそれとなく聞いていたが、それに自分が当たってしまったと思ったほうが自然だった。
1つ深呼吸をして立ち上がる。
ここから出る方法を探さないと・・・。
円形になっている石造りの壁を触る。
運ばれていたとき、階段を上がっていると思った。
そして丸い外壁。
街中から馬車で時間的にも、そんなに離れた感覚もない。
街外れの塔というところか。
触っている時に、妙に新しい壁があった。
この先に人の気配も。
連れてきた男たちは階段を降りて行ったと思う。
それならば、この壁の向こうには同じように連れ去られた人たちがいるのかもしれない。
がさっとした音が聞こえた。
はっとして振り返ると、セリ様が上半身を起こしこちらを見ていた。
「セリ様、ごめんなさい。私のせいで」
護ると言ったのに。
「臣下に無闇に謝るもんじゃありませんよ、王女」
彼は優しく微笑む。
ああ、こんな私に優しくしないで欲しい。
不甲斐ない自分を。
愛する人を守れなかった自分を。
「・・・僕は王女のこと、何も知りません。きっと僕のことも深く知らないでしょう。だからこうしましょう。ここから生きて帰れたら交換日記をしませんか。お互いのことをよく知ろうにも、僕は身分が低すぎる。会う機会なんて早々ないでしょうから」
思ってもみなかった言葉だった。
彼から私を知りたいなんて。
彼は優しく、真面目な性格なんだなと改めて思う。
私も知りたい。
もっと、もっと。
知れば知るほど、惹かれるだろう。
この想いを私は守り抜きたい。
「・・・セリエーヌ様・・・」
私は嬉しい涙で視界が滲んだ。
彼を好きになって良かった。
こんなに生真面目に、私の想いに答えてくれるなんて。
「さあ、早くこんなところから出ましょうーーー先程壁を触っていらっしゃったのは、壁の薄い箇所を探されていたからですね」
彼は起きてしばらく私のことを見ていたようだった。
「あ!はい!ーーーあの、不躾なお願いを聞いてもらえないでしょうか」
彼の想いに触れて、私は欲が出たのかもしれない。
だけど、あの時名前で呼んでもらった時。
私は王女である前に、1人の女性なんだと思った。
好きな人から名前で呼ばれる喜び。
知ってしまったのだ。
「?」
「あの、サラと呼んでもらえないでしょうか」
彼は私の提案に、漆黒の瞳を大きく見開いた。
あの時は、王女と呼べなかったから名前で呼んでくれたのだろうから。
だけど嬉しかったのだ。
初めて名前を呼ばれたことに。
女性として意識してくれてると感じた。
「コホン、ではサラ様。壁の薄い箇所を教えてもらえませんか?僕の魔法で砕けるかやってみますので」
彼の声で名前を呼ばれる喜び。
真っ赤になりなりながらも、そう呼んでもらえて、嬉しくないわけはない。
「はい!」
私はそう言うと、もう1度壁を触る。
この隣との境目。
ここが1番薄いように感じた。
「セリ様、ここかと」
正直、勘以外の何物でもなかったけど、これに賭けようと思った。
「ではーーー」
彼はそう言うと、風の魔法の呪文を一瞬唱える。
ばきっ!
という音と共に外壁と、隣の部屋に続く壁が崩れ落ちた。
なんという威力。
彼の魔法の力は祖母にも負けないくらい、強力に違いない。
砂埃の後に見えたものは。
月明かりに照らされた、恐怖の人々の顔だった・・・。
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