5、こんなことになるなんて予想外です。
その日は案外早くにやってきた。
僕は指定された馬車にダイフと2人乗り込む。
まだ迷いもあった。
本当に行って良いのか、万が一誰かにバレた場合父や兄に迷惑がかかるのではないか。
『王女様には影がついています。そんな建前な言葉で断らないで下さい』
あのコーヒーを注ぎに来た時にヨウさんが言った言葉。
建前で断るつもりではなかった。
だけど何度か温室で会話していて、怖くなったんだ。
彼女に少しずつ惹かれてる自分に。
照れたように笑う彼女が。
時に強引に僕を引っ張ってくれている彼女が。
他の女性よりも、目で追ってしまうようになった僕が。
彼女を頼もしくもあり、愛おしいと感じてしまうようになっていた。
最初はあんなに嫌だったのが嘘のようだった。
身分が違いすぎるから。
僕は彼女の隣にはいれない。
いたとしても、一時の彼女の気の迷い。
そう言い聞かせて温室に通っていた僕の気持ちを、ヨウさんに見透かされているような、そんな気がした。
この想いは僕の手には負えない・・・。
制御不能だ。
そんな事を思っている時に、珍しく屋敷戻ってきていた兄であるカルテーヌ=ステファンがふと声をかけてきた。
「どうした、暗い顔をして」
昔から出来が良く、何をやらしても超がつくほど一流に慣れる兄と、魔法だけが得意の僕。
7歳年上の兄は僕には頼りになる存在だった。
親には内緒でということで、兄のカルテーヌに今までのことを簡潔に打ち明けた。
かなり恥かしかったけど。
「ふーん。それでセリはどうしたいのさ」
「・・・僕?」
「立場とかはさ、置いといて。セリは彼女といたいの?」
ど直球な言葉だった。
彼女とは、許されるなら一緒にいたい。
だけど、彼女は次期女王で。
その隣には、それなりの人が立つべきだと思っている。
そうでなくてはこの国が安定しない。
だから、僕は・・・。
「まあ、その顔が答えだな」
「??」
「・・・俺は良いと思うよ。お前のそういう真面目なところ」
兄の言葉の意図が分からない。
「だけどさ、誰にでも譲れないことはあってさ、それに向かって努力してるわけよ。セリはまだ努力、してないんじゃないの?」
努力?
兄の言葉な胸に刺さる。
僕は何もする前から、諦めていた。
だって僕には不釣り合いな彼女だ。
「無駄だと思っても努力するのはいいと思うぜ。どんな結果になったとしても、お前の力になるんだからさ」
そう言うとカルは、僕の背中を叩いた。
その力強さに僕はふらつく。
「あ、あと、これやるわ」
そういうと、ポケットから小さな小袋を取り出した。
見た感じ魔力を帯びた何が、入ってると思う。
「まあお守りがわりに貸してやるよ」
「あ、ありがとう」
僕は素直に受け取るとポケットにしまう。
「まあ、侍女がいうように、王女様には影がついてるようだから、あまり心配いらないと思うがな」
そう言うと、カルは僕の部屋を出て行った。
こうして馬車に乗るのを直前まで迷っていた僕だけど、サーカス団のテントの前までやってきた。
公演を見る為、沢山の街の人が行き交っていた。
大層人気があるとダイフに教えてもらっていたが、想像よりも遥かに上だった。
「すいません!お待たせしたようで!」
聞き覚えのある声と共に、彼女が走って来た。
ざわついている中でも彼女の声を聞き分れる自分に少し驚く。
僕の中で何かが変化してきているように思う。
ふとこんなことを考えていたら、汗をかきながら走ってきた彼女を目にして驚いた。
いつもより簡素で質素なドレスだったけど、それがより彼女の可愛さを引き立てているように思えた。
「・・・かわいい」
愛おしい。
少女のように微笑む彼女。
喧騒に紛れて僕の声は彼女には届かないだろう。
だけど、心から出た言葉だった。
「何か言いました?」
王女様はきょとんした顔で、僕を見つめる。
「いえ、何でもありません。行きましょうか」
隣に控えていたダイフの耳には届いていただろう。
にっこり微笑む彼が目に入る。
目で黙っててと伝え、僕は彼女と入り口に向かおうとする。
「あっ、あの、ちょっと手違いがあったようで、貴族席が取れなかったんです・・・。なので一般の席になるのですが・・・」
耳まで真っ赤になっている彼女が、僕に伏し目がちに言う。
「僕は一向に構いませんが・・・そちらは何か不都合が?」
彼女の後ろに控えているヨウさんにも目をやると、彼女もいつもより質素なメイド服を着ている。
2人ともどこかの金持ちのお嬢様と侍女といった装いで、誰も王族であるとは気づかないだろう。
だけど、警備上の都合で一般席では危ないのであれば、鑑賞はまたの機会にする方が良いと思った。
だから敢えてヨウさんを見る。
ヨウさんは首を横に振って、王女の言葉を待っているようだ。
「・・・すいません。一般席だと危ないと言われて」
彼女は伏し目がちにそういう。
なんだか気落ちしていそうだ。
そんなにサーカスが見たかったのだろうか。
「僕はいつでも構いませんよ」
そういうと、彼女はばっと顔を上げる。
「良かった・・・」
僕が怒るとでも思ったのだろうか。
そんなことよりも彼女の安全のほうが大事なのに。
「それであの・・・少しの時間なら街を散策して良いって言われたんです。だから」
「わかりました」
僕は微笑むと彼女を見つめる。
「どこから行きたい所がおわりなのですね」
僕の言葉に、彼女の表情が一気に和らぐ。
「はい!あの、カフェに行きたいのです。最近街で流行ってるらしくて・・・」
その仕草があまりにも可愛らしくて。
いつも凛としている彼女が年相応に見えて。
僕は微笑む。
「分かりました。そちらへ行きましょうか」
僕の言葉に、満面の笑顔を向けた彼女が、とても眩しく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます