3、正直迷惑でした
彼女は深呼吸をし、分厚い本を開く。
自分が書いたものの次のページを開くと、またとても綺麗な字が目に飛び込んできた。
『伝え忘れていましたが、焼き菓子、形は・・・あれでしたが味は美味しかったですよ』
書き添えられた文字。
本当に優しくて良い方だと思う。
「ふふふ」
思わず笑みが溢れてしまう。
続きを読もう。
サラは椅子に座り直して、読み始めた。
****************
プレゼントをもらった翌日。
休憩時間は何とか避けてきたけど、昼休みまでは避けれそうもなかった。
「おい!」
机に拳を叩きつけて、僕を睨んでいる。
1つため息をつくと、睨んでいるカブリット=メラーノを見る。
この国の宰相の息子である彼は、事あるごとに僕に嫌がらせをしてきていた。
ことの始まりは、入学式の日。
僕は新入生代表としてスピーチすることになった。
そもそも魔法科はエリートコースだ。
国中の魔法の才能あるものが集められ、身分も関係ない・・・というのが表向きだが、いくら上級貴族の子供でもある一定以上の魔力を持ったものでないと、入学出来なかった。
一方で、貴族クラスはある一定以上の身分がないと入学が出来ない。
王宮に接するこの学院は、将来の幹部候補たちが学ぶ場だ。
その中でカブリットは、身分も高ければ、魔力も頭脳も運動神経もトップクラスだった。
それなのにーーー僕が新入生代表として挨拶することになった。
なんでそうなったかは分からないが、入試の時いつもより本気でやったからかもしれない。
それがきっかけで、この2年間、彼は僕を敵視し続けている。
母の祖父が元は、物凄い凄腕の魔法使いだったらしい。
母の父の代で商売に失敗し、落ちぶれてしまったようだが、その後の母の祖父の死に様は僕の性格に多大な影響を及ぼしている。
人は信用できない。
僕の根底にはそんな思いがある。
だからできるだけ、この学院でも人との関わりを避けてきた。
裏切られるなら、初めから信用しなければ良い。
それに家は下級貴族だ。
出世など望めない。
僕は平穏無事に人生が送れれば良い・・・そんな考えの持ち主だ。
親も兄も良い人ではあるが、それだけでは世の中渡っていけるほど甘くない。
家に力があるから横柄な態度を取っても許される。
世の中そんなものだ。
「無視するなよ!」
僕の胸ぐらを掴むと、無理矢理立たされた。
「・・・無視などしていませんよ」
ああ、面倒だ。
そうは思えど、運動面で正直得意とはいえない僕には、この力強い力には抵抗はできない。
「ふん!王女様に取り入ろうとか、小賢しいな!」
ガブリットは叫びながら、腕の力をより一層強める。
うっ。
息苦しい。
人と争うことは嫌いだけど。
これは不可抗力だよな。
魔法で吹き飛ばすくらい、しても良いよな。
そんな不穏なことを考えていると・・・。
「ーーーステファン様、お迎えにあがりました」
教室中によく聞こえる、女性の声。
そして、僕たちの近くまで足音が聞こえた。
「これは、メラーノ様」
その声にガブリットが慌てたように、腕の力を抜いた。
僕は身体が一気に自由になり、床に転げた。
「ごほっごほっ」
咳が落ち着いてから、女性を見る。
「お初にお目にかかります。王女様の侍女をしております、ヨウと申します。お嬢様がお待ちです」
女性は待っていたかというように、お辞儀をする。
また王女様か。
僕は深いため息をついた。
ここは貴族クラス、専用のラウンジ兼食堂。
貴族クラスの白い制服の中に、魔法科の漆黒の制服が交じること自体も人々から好奇な目で見られているのに、しかも王女様と向かい合って食事を取るなんて。
人々の視線が痛い。
僕はいたたまれず、口を開いた。
「あの・・・先程はそこの侍女の方に助けられました。ありがとうございます。しかし、王女様、これ以上僕に構わずにいてくれますか?」
「・・・メガネ、かけていただけないのですね」
王女は小声でそう言った。
今日は確実にガブリットに絡まれると思っていたから、あえて昨日していたメガネをかけてきていた。
せっかく頂いたものを簡単に壊されても申し訳ない。
という思いだったのだが、王女をとても傷つけたようだった。
だけどここで情にほだれても、僕には良いことないのだ。
きっぱりと断たねば・・・。
「ご迷惑なのですね・・・」
「ええ、正直迷惑です」
僕ははっきり言った。
元々カブリットの当たりがキツいのに、さらに首を絞めることはしたくなかった。
それに権力者に関わって、良いことなんてない。
王女の翡翠の瞳がまた揺れている。
泣かすことになっても、ここはキツい言葉を投げてでも拒絶しなければ。
「それでは、僕はこれでーーー」
豪華な食事にも手をつけないまま、僕は立ちあがろうとした。
「あの」
先程の侍女が目立たなぬように声をあげた。
前かがみになると、僕たちにしか聞こえない音量で言葉をつづける。
「ここは王宮の敷地内ですので多少土地勘がございます。少し離れたところに小さな温室がございます。そこで週に1度、ランチをするというのはどうでしょうか。人目にもつきませんし」
侍女の提案に、王女は瞳を輝かせる。
「それなら異論はございませんよね、ステファン様」
ものすごい目力のある目で、侍女は僕を睨んでいる。
脅されているといったほうがいいかもしれない。
イエス以外の言葉を言えば、僕はこの学院にさえ来れなくなるかもしれない。
僕の拒絶の意志を折るくらい、それくらい本気で僕を脅してきていた。
僕は深いため息をつく。
「・・・分かりました」
そう言うと2人は満面な笑みを浮かべる。
嵌められたような気もするが、道はそれしか残されていないのだ。
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