2.一目惚れでした
彼女の側に常に控えている侍女ヨウから日記を手渡しされると、僕は急ぎ足で馬車に乗り込む。
「お早かったですね。あ、今日はそうでしたか」
僕の従者であるダイフは、馬車を動かしながら言う。
数少ない、彼女とのやりとりを知っている人物だ。
幼い頃から屋敷で暮らし、共に勉強してきた仲だ。
人となりは、お互いよくわかっているつもりだ。
僕は待ちきれず、日記をめくる。
生真面目そうな彼女の文字。
字はよく、人と成りと表すとはよく言ったものだと思う。
『セリ様の思い、よく分かりました。
ものすごく率直に出会いを書いて下さりましたので、私も同じように書きたいと思います』
******************
その日、私はクラスメイトと談笑しながら、馬車停のある所に向かって歩いていた。
私の周りには、そう、本当の友はいないと思う。
皆、私の立場を気遣い接してくれているだけ・・・そんな空虚な思いが占めていた。
統治者は孤独を感じるものよーーー。
女王であり、育ての親である祖母の言葉。
この王宮学院に来て、余計にそう感じるようになった。
そんな時、一筋の風が吹いたと思う。
きらっと何か光ものが見えたかと思うと、自分たちにどんどん近いてきた。
「王女様!!」
慌てる侍女の声。
私1人なら、簡単に避けれたと思う。
こうみえて運動神経は抜群だと思うから。
だけど両脇に貴族のお嬢様たちがいて、自分が避けたところで誰かに当たってしまう。
自分1人だけが助かれば良いとは思ってなかった。
だけど飛んできたボールは不自然な突風と共に横にそれた。
パリンと音がして、後方にいた男性がうずくまったように見えた。
何か当たってしまったかしら。
私は慌てて駆け寄る。
「お怪我はありませんか?」
男性は顔を上げて私を見つめる。
その表情に私の胸が高鳴るのを感じた。
漆黒の髪、少し潤んだ漆黒の瞳。
とても端正な顔だち。
漆黒の制服に身を包む彼は、魔法科の学生だと一目でわかった。
「ーーーあのメガネが近くに落ちてませんか?」
男性の聞き心地のよい声。
私は辺りを見渡すと、きらっと光るものが見えた。
近づくと、割れたメガネのようだった。
「落ちていましたが、割れているようです」
「そんな・・・」
悲壮感漂う彼の声。
視力あまりよくないのだろうか。
彼はゆっくり立ち上がると、真っ直ぐ歩きだした。
「あの!」
「お気遣いなさらずに。家には予備のメガネもありますので。それでは僕も帰ります」
頼りない足取りで、彼は馬車停まで歩き出していた。
「王女様、お怪我はありませんか?」
一連のやり取りを見ていた侍女が、慌てた様子で近寄ってきた。
「私は大丈夫。でもあの方のメガネが」
「あら・・・」
私は彼のメガネが落ちている場所に行き、拾おうとする。
「危ないので、わたくしめが!」
「いいの。私が拾いたいのよ、ヨウ」
あらかた拾い終わるとハンカチに包む。
ポケットにしまい、もう1度彼の背中を探す。
かなり早足で歩く方なのか、すでにその姿はなかった。
この気持ちはなんだろうか。
心を揺り動かされたというか。
「王女様・・・」
「王宮に戻るわ。すぐに細工職人を呼んでちょうだい」
「畏まりした」
王宮に戻ると、すでに細工職人は来ていた。
ハンカチでくるんだメガネだったものを見せると、
「同じように作ることは可能かしら」
「もちろんです。これよりもかなり上質なものが出来上がると思います」
「そう、よかったわ」
そしてそのままキッチンへ向かう。
「お、王女様!?」
「ヨウ、焼き菓子を作りたいの。作り方教えてくれる?」
割ってしまったメガネは、私では修理できないけど、せめて私の心を込めたものを渡したい。
料理は不得意だけど・・・。
あれ?なんだろう、この気持ち。
今まで、どんな男性に会っても、こんな気持ちになったことないのに。
「王女様は、今日の魔法科の方、気に入られたのですね」
ヨウはにこにこしながら手際よく、私に指示を飛ばす。
その言葉に、頬が紅潮するのを感じた。
彼を思い出すだけで、ドキドキしてしまう。
「あら」
ヨウは目を細め、より一層笑顔を浮かべる。
「な、なに?」
「ふふ、なんでもありません」
今から思えば、きっと一目惚れだったのだと思う。
私自身がこの気持ちを理解するまで、もう少し時間がかかったのだった。
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