1.僕にはもらう資格はありません

分厚い本。

サラの手には質素な表紙の本があった。

とても大事そうに机に置く。


ふう。

深呼吸して、ページをめくる。


「とても綺麗な字・・・」

愛おしそうに、文字を指でなぞる。


『出来るだけ誠実に、その時感じた想いを書こうと思う。

 1、嘘はつかない

 2、出来るだけ事実のままに書く

 3、無理だと思ったら、すぐにやめる』


「セリ様・・・」

名前を呼んだだけで胸が熱くなった。


わかりました。

心の中で呟いて、ページをめくった。


****************


僕がはっきり王女様を認識したのは、僕のメガネを割ってしまって、お詫びに教室まで来た時だと思う。


昼休み。

昼食をいつものように学食で済ますと、1人教室に戻ってきた時。


教室の入り口に人ざかりができていた。

何かあったのかなとは思ったが、極力他人との接触を避けてきた僕には関係ないーーー。

そう思って、教室の中に入ると、1人の少女と目があった。


薄金の軽くウエーブのかかった長い髪、翡翠色の瞳、しなやかに伸びた四肢。

白磁の肌が、うっすらピンクに染まっていた。

お世辞抜きでも、美少女な彼女が僕を見て、翡翠色の瞳を大きくした。


誰だっけ・・・?

見たところ、白地に金色で刺繍をほどこされた貴族クラスの制服を着ていた。


僕のいるクラスは魔法科コース。

漆黒の制服だ。


その中で彼女はとても異質で。

「なんで王女様が魔法科にいるんだよ」

入り口で男子生徒たちの騒めきが聞こえてきた。


王女様。

直系の血族しか王になれないこの国、唯一の王位継承権を持つ。

現在は彼女の祖母が女王として、この国を治めている。

元々王位継承1位であった息子は、皇太子妃共々事故で他界。

他の血族も他国に嫁いでいたりと、皇太子の娘であった彼女だけが、この国に残されていた。


なんで、そんな人がこのクラスに?

そういえば、いつも僕に嫌がらせをしてくるマラーが言い寄っていると聞いたことがあるな。


とはいえ僕には関係ないことだ。

そう思い、自らの席に座ろうとした。


「あの!」

凛とした声が教室に響く。

女性らしい柔らかな声だ。


声の主をもう1度ゆっくり見る。

「僕?」

疑問をそのまま口にする。


「はい・・・昨日は助けてもらいありがとうございました!」


助けた?

僕が?

疑問符が頭を巡る。

ああ、あれかな。


飛んできたボールに、前を歩く人がぶつかりそうになったから、咄嗟に風を起こしてボールを別の方向へ飛ばしたまではよかったけど、勢いよく風魔法を使ったせいで、自分の黒縁眼鏡まで飛ばしてしまい、そのまま割れてしまった件。


視力が悪い僕が、従者が馬車で待つところまで、ほとんど勘で歩いて行ったんだっけ。

今日は家にあった銀縁の予備のメガネをしてきている。

貧乏公爵の家に、高価なメガネを買うほどの余裕はないから。


正直誰を助けたとか見えてなかったけど、確かに前を歩く人は薄金色の髪の人だった気がする。


まさか王女様だったとは・・・。


「あの!もらってください!」

彼女から差し出されたのは、小さな小箱。


少し甘い香りが漂ってきたので、お菓子が入っていることが推測されるが・・・。


「あの、僕にはもらう資格なんてありませんよ」

端的に断りを入れる。

王族に関わって良いことなんてないのだ。


しかも僕の家は、貧乏男爵。

王女様からの贈り物なんて、もらうわけにはいかなかった。

人と関わりを持ちたくない僕が、好奇の目に晒されるのは目に見えていたから。


「あっ・・・」

翡翠色の瞳が揺れている。

大粒の涙が溢れようとしていた。


よく見れば、ずっと足が震えている。

彼女は王女様だけど、このクラスにくることは勇気がいったのだろうな。


参ったな・・・。

だけど王女様を泣かせるわけにもいかない。


「ーーーわかりました。頂戴いたします、王女様」

僕はそう言うと、差し出された小箱を受け取った。


すると彼女は満面の笑みを浮かべてお辞儀をすると、早足で教室を後にした。


教室では皆の視線を感じていたから、目立ちたくなくて僕は小箱を持って、人気のない中庭の木陰に座った。


箱を恐る恐る開けると、黒縁の眼鏡。

明らかに僕が今まで使ってたものよりも上質だ。

銀縁の眼鏡を外し、かけてみる。

恐ろしく度が合っている。

つけ心地も良かった。


箱の下のほうから、いびつな形の焼き菓子が出てきた。


まさか手作り?

まさかね。


王女は今17歳で、この王宮学院の卒業後、即位が決まっている。

そんな彼女は、婿候補選びが本格化しているはずだ。


下級貴族である僕が、候補になるなんてありえない。


ただの気まぐれで、振り回されるのは御免だ。

品行方正と噂されている彼女だ。

最後の気まぐれ。

これで僕と関わり合うことなんてないだろう。


とはいえ、今教室に戻ればうわさの的だ。


このまま帰ってしまおうか。

面倒はごめんだった。


だが親が無理して入れてくれたこの学校をサボるなんて。

深いため息が漏れる。


まったく生真面目に考えすぎだな。


始業のベルが鳴るギリギリに戻り、終業の合図とともに家へ帰ろう。


そう覚悟が決まると、僕は一旦もらった眼鏡をしまい、箱を閉じた。







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