第10話 和田アキ子

 ビジネスマン時代、海外出張が多い時期があった。

右肩上がりの時代だったので、一般社員でもビジネスクラスが利用出来た。

毎月のように利用していると、ファースト席が空いてる時はアップグレードをしてくれることもあった。

 ある時。ロスアンゼルスの出張があったが、機内でそのアップグレードの提案を受けた。飛行機は当時花形だったボーイングのジャンボジェット、案内された席は二階の最前席の窓側、トップ席だった。

 いい気分でウェルカムシャンパンなど飲んでいたら、後方からザワっとした異様な空気が伝わってきた。その空気の塊はどんどん近ずいて来た。そして間もなく、その塊は隣の席に着地した。その正体を確かめると何とそれは和田アキ子だった。

 一生に一度しかないだろう機会がなぜ吉永小百合ではないのか、少し運命を呪った。

 彼女は乗り込むときから席に着いてからも引っ切り無しに複数の乗務員の応対を受け、それも一段落すると今度は隣席のこちらにもテーブルや装備品の使い方を聞いてきたり、試してみたり、かなり落ち着かない方だった。そしてついには、こちらのひざ掛けブランケットに不用意にも自分の水の入ったコップをぶちまけてしまった。

 こちらは「あ、大丈夫ですよ。」といいながら終始ジェントルに振る舞い、まちがっても「和田アキ子さんですよね。僕大ファンなんです。サインお願いできますか?」などというダサい媚言動はしないように大人を意識していた。 

 彼女は騒々しく振る舞い、粗相もし、ご飯を食べると、さっさと寝てしまった。そしてロスに着くと軽く会釈して降りていった。

 最近飼い始めた子猫の挙動を見ながら、何故か遠い昔の和田アキ子を思いだしてしまった。吉永小百合の隣で10時間緊張するよりは、それはそれでよかったのかもしれない。

 

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