第7話  逃亡犯

 独身でアパート住まいをしていた頃、風呂を燃やしてしまった。

老夫婦が自宅敷地内に作った小さな、そして多分大切なアパート。

何の安全装置もない旧式な外釜式の年期の入ったガス風呂が付いていた。

ある日、いつものように風呂を沸かすガスの点火スイッチを入れた後、うたた寝をしてしまった。そして、ふと異変に気が付いた。

 風呂場のドアの隙間から黒煙が漏れ出ていた。ドアを開けると釜の辺りが炎に包まれていた。風呂場は黒煙が充満していたが、決死の覚悟で釜のガスの元栓を閉めた。

バスタブは半分溶けて、風呂場は漆黒に染まっていた。

風呂に水を入れず、空焚きしてしまったことは明らかだった。

 消防車と救急車とパトカーが駆け付け、老夫婦が怒りまくり、多額な賠償金

を請求され、部屋を追い出されるリスクマキシマムを瞬時に考えた。

 しかしまた、瞬時にリスクミニマムも考えた。そして後者を選択した。

黒煙は通報されないよう少しづつ抜いた。全域漆黒になった風呂場は中性洗剤で丁寧に時間をかけて原状復帰させた。風呂の設備屋を捜し出し、出来るだけ姿が似てる風呂を選び購入し、溶けた風呂を引き取ってもらい、新しい風呂を設置する手配をした。老夫婦の不在時を狙い、入れ替え工事をしてもらった。

 しかし、一つだけ問題があった。風呂は色や形は似てはいたが、旧式のものは既に販売されてなく新式のものだった。比較すればすぐにわかるぐらい。

 それから少し後、アパートを変わった。風呂を入れ替えたことは一切報告しなかった。

引っ越してから、ずーっと小さな怯えを抱えた。突然電話がかかってきて、老夫婦からお風呂が変わってしまった経緯を詰問されないことを願った。

 15年ぐらい経って、所用があり、アパートがあった街に出かけた。アパートがどうなったいるのか確認したくなった。現場に到着して、アッと声が出た。アパートは忽然と姿を消していた。老夫婦の消息もよく分からない状況だった。

 証拠が完全消滅し、逃亡犯のような小さな怯えもようやく完全消滅した。

 


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