第22話「世界を求む王」
コンコンと、軽やかな音にセルシオはもっていた書類から顔を上げる。
「インフェルノです」
「入れ」
聞こえた女にしては冷たい声にもうそんな時間かともっていた懐中時計を見て、部屋に入ってくる異色の赤に目を向けた。
「遅くなり申し訳ありません」
そんな事を言うインフェルノは何処か不機嫌そうで、ここまで感情を表に出すのも珍しいと思いながら顎に手を置き思いつく可能性に笑う。
「なるほど。またあの剣聖の息子に絡まれたのか」
「……そうですね」
ムッとした雰囲気。なんで笑っているんだとでも言いたそうなインフェルノに紅茶を頼むセルシオ。
それ以上責めることもできなインフェルノはその言葉通り紅茶をいれ始める。
「それで陛下。ガーナード殿との話し合いは済んだのでしょうか?」
「ああ。ガーナード殿との話し合いの結果、我々は少数精鋭隊でベルルラートを攻めることにした」
インフェルノを呼んだ理由はそれであり、少数精鋭隊とは第一騎士団のことであると紅茶を置くインフェルノは予想を付けた。
「承知しました。それでは団員たちには戦支度を急がせます。ラヴィベルト」
何かをメモ書きした紙をそばで控えていたラヴィベルトに渡す。
二つ返事でそれをもって出ていくラヴィベルトの後ろ姿を最後まで見ていたセルシオは、閉じられていく扉がピッタリと閉められるのと同時に机に突っ伏した。
あ”ーと。おおよそ14の少年がしていい声ではないがそれを咎めるべきインフェルノは黙ったまま紅茶を口に含んだ。
「陛下。疑問に思ったことをお聞きしても?」
「構わん。言ってみろ」
「では……なぜあの男の味方を? 率直に言わせてもらえば、ベルルラートとの関係を修復させるのであればあの男の首を手土産にしたほうが早いのでは」
歯に衣着せぬ言い方。しかしそれに悪意などこもっておらず、ただ疑問を口にしたという感じが強かった。
それを誰よりも理解しているセルシオは仮面の下で鋭く光る琥珀の瞳を見て、そして紅茶にその視線を落とした。
「全く。インフェルノの言う通りだ。こんなことをしても利益は少ないだろう。そもそも我が国にも戦争をしているほどの労力はない」
「では」
「だが。ベルルラートが持つ特権を、小さく消えそうな我が国はもっていないのだ。……世界に通ずる特権を」
ベルルラート連邦王国は巨大な国だ。戦争でレキシアが勝ったのがまぐれだと悪意を持つ誰かに囁かれ、言われるほどには。
本来勝つことなどできない国に十年ももったのは確かにまぐれではない。しかしレキシアがそう思っていても世界はそう思ってはくれない。
セルシオの願いとは違う方向で世界がレキシアを蔑む。小さな国の王はその事実にペンダコだけではない白くもボロボロな手を握りしめた。
「インフェルノ。余はいずれこの国を誰にも馬鹿されない国にする。そのためにはこれ程度の問題を解決し、世界に挑まなくてはならぬ」
射抜くような碧い瞳。痺れるような感覚にインフェルノの体が揺れた。
世界を。その言葉を言うのが今回が初めてじゃない。セルシオが王になる直前、インフェルノに何度も語った他の誰にも言えない決意。
「インフェルノ。余の
あれほど年若かった初年はいつの間にか王の顔を持つようになり、英雄は仮面の下で目を細める。
そしてソファに沈む体を羽のように起こし、流れるように騎士の誓いを立てた。
「仰せのままに、我が王よ」
世界を望む王に、英雄は惹かれた。
****
「インフェルノ閣下。本当ですか、それは」
帰ってきたインフェルノに渡された書類に目を通し、ラヴィベルトは目を見開く。
書かれていたことは先程セルシオとともに話した事。少数精鋭でベルルラートを落とす旨の記されたものだった。
「確かに内乱で国力の低下した国とは言え無茶です! たったの5千であのベルルラートを落とすなど!」
ラヴィベルトがそう焦るのも当然で、インフェルノはそれに対して特に変わらない平坦な声で言う。
「やれと言われたのならやるしかない。我らは陛下の命を遂行するだけだ」
「しかし! 流石に閣下とは言えこんな無茶なことを! それに閣下が国を離れればその隙きに他国からの侵略があるかも知れないのですよっ!」
どうか考え直してほしい。そんなことを願うラヴィベルトに折れるような精神を持つインフェルノではなくその言葉を無視して廊下を闊歩する。
その姿を見てラヴィベルトが歯を食いしばる。どうしてわからない? とインフェルノの頑固さに舌打ちが出そうになるのを必死で我慢した。
「閣下! 私はこの国のために」
「まぁまぁ落ち着きなよラヴィベルトくん」
言葉を遮るように聞こえた男の声にラヴィベルトを振り返る。そこにいたのは煉獄の団員であるエース。齢30とは思えない童顔の男だった。
「え、エース殿」
「インフェルノ隊長がしろっていうのならオレらはやるだけ。そもそも無謀だっていうのなら先の戦争でも同じことでしょ」
むちゃばかりの戦場を生き抜いてきたエースの言葉。その重みをラヴィベルトがわからないわけがなかった。
だが今回は鉱山を取り合うのとはわけが違う。国を盗り合うのだ。
「しかしっ!」
「――ラヴィベルト殿。我らは我らの考えが。貴殿はそのまま団長のそばにいるだけでいいのです」
柔らかな声。女特有の高くも柔らかい声が廊下に静かに響く。
振り返ればインフェルノと同じく紅いマントを付けた紺色の髪を持ち、緑の目をした女が立っていた。
「リズ。来たか」
「インフェルノ団長。リズベリア・ファルムデガルド。只今参上しました」
ファルムデガルド。その名の通り、彼女はビテンド将軍の愛娘である。
インフェルノとは対称的なたおやかな姿。しかし剣を持てば鬼人と揶揄される彼女はインフェルノの次に続いて煉獄内で二番目の強さを持っている。
冷静な状況判断に奇策とも言えるような策。豪胆な性格の父の性質を受け継ぐ彼女うはその才能を買われ副団長に抜擢されていた。
「リズ。首尾は?」
「上々です。士気も高く、我らが負ける可能性はないかと」
ちらりと見えた緑の目の中に燃える闘志の炎。それを見てラヴィベルトは大きくため息を付く。
だめだ、この人達。そんな言葉が喉までせり上がるまえに飲み込んだ。
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