第23話「敵国の国盗り 1」

 ベルルラートとレキシアは隣国と言うだけ合って、山脈を間に挟んで接している。

 しかしどの時代においてもレキシアとベルルラートの仲は悪く、小さな小競り合いは前王の時代から頻繁にあった。


 そんな負の歴史の多いこの両国。当然兵であろうがなんだろうが確執があるのは当然のことで。


「てめぇ……何ガンつけてんだゴラ」

「あ”あ”? てめぇこそガンつけてんじゃねぇぞ」


 こんなチンピラとそう変わらない喧嘩が起きるのも時間の問題。

 特に血の気の多い煉獄の騎士団連中が元敵であり以前に戦った相手に突っかからないわけもなく、顔を合わせたその瞬間に喧嘩になったことにインフェルノは目を細めた。


「あらまぁ……。全くうちの子たちは」


 そんな光景を呑気で見ているのは煉獄の副団長リズベリア。たおやかな笑みを浮かべて頬に手を当てる。

 小さく息を吐くインフェルノはその醜い喧嘩から背を向いて歩く。


「リズ、あれは陛下のお客人であるガーナード殿の兵……。なにかしでかす前に止めろ」

「わかりました」


 うふふふなんて笑い声が聞こえたが、次に聞こえたのは団員たちの絶叫。ドカンやらバキなどと、普通では聞くこともないような音に周りの団員たちが顔を真っ青にした。


「あまりやりすぎるなよ」


 とか思ってもないような声色で暴れるリズベリアに言い、インフェルノは自身の執務室に戻っていった。


 ****


 地図を広げ、その周りをインフェルノとラヴィベルトが取り囲む。

 難しそうな顔をしながらラヴィベルトはある一点を指さした。


「まず、ベルルラートに入るためにはこの砦をどうにかしなくてはなりません。しかしここは天然の要塞。永久凍土の氷山とともにできた断崖絶壁に位置し、突破するのは容易ではありません」


 その砦の名をヘラクレス要塞。何処かの国の神の名を冠する通り、この要塞を降したものはいない。


「なるほど。たしかにここに攻めたことは私でもないな。まず地形が厄介だ」


 断崖絶壁とツルハシで壊すことのできない永久凍土の混ざった岩石。潜り込むことは非常に難しいヘラクレス要塞にインフェルノは腕を組む。

 大群で押し寄せても分散されればその効力も失われる。そもそも兵の数だってガーナードと合わせても二万弱。大群なんて呼べる訳もない。


「正面突破が無理であるなら、正面から行かなければいい。単純な理屈だ」

「と、言いますと?」

「内乱や戦争。立て続けるこの非常事態に兵士たちの体力は持っても心までは持つまい。……ゲリラだ」


 ゲリラ。少数の戦力で敵陣を翻弄する行動のことを指す。奇襲の効力を最も発揮できると言ってもいい。


「ゲリラですか。なるほど、心理戦ですね」

「我が団員たちはこの類のものはなれている。ベルルラートの内部状況を考慮し、この砦を落とすのは……3日といったところか」


 難攻不落とも呼ばれるヘラクレス砦を3日。

 まさかそんな言葉を聞くとは思わなかったラヴィベルトは目を丸くする。けれどもそこには驚きだけであって、不思議と「無理」という言葉が浮かんでこなかった。


(この方は、やると言ったらやるだろうな)


 でなければ先の戦争であれ程度の戦力で勝てるわけもない。不可能を可能にするインフェルノの恐ろしさを今知るのはラヴィベルトだけ。


「ゲリラ作戦の選出はリズに任せるとして、我々本陣は砦が陥落次第、ここバルン領を攻め落とす」


 トンと、黒い革手袋のある指が指したのは砦から最も近く、そしてベルルラートの食料の殆どを生産している穀倉地帯だった。

 ここが打撃に合えばベルルラートは何もせずとも勝手に滅ぶ。食べるものがなければどんなものであろうとも生きていくことはできない。


「穀倉地帯の兵の数は約五万。いずれにしても兵の数は向こうが圧倒していますね」

「兵の数など宛にはならん。必要なのは死ぬ覚悟のできているもののみ。……と言っても、ガーナード殿の兵もそうであるかどうかは知らないが」


 ガーナード自身や先程の喧嘩やらを思い出し、インフェルノは癖のように仮面に触れる。


「希望観測せず、必要であれば我らで対処するしかないでしょう」

「その通りだラヴィベルト。リズにはケツを蹴り上げるよう伝えておくしかない」


 それに、どんなことがあろうともレキシアにつくのは英雄。負けるはずもない。

 ちらりと映る血のような赤い髪を持つ女を見ながらラヴィベルトはひっそりと笑う。


「進軍は一週間後。それまでに準備を急げと全軍に伝えよ」

「承知しました。失礼します」


 地図を見続けるインフェルノを横目に、ラヴィベルトは部屋を出ていく。

 一人になった部屋でインフェルノはソレが来るのを待っていた。


「入れ」

「失礼します。インフェルノ様、ご要望のものをお持ちしました」


 入ってきたのはブライド。ベルルラートの内部状況を詳しく記した書類をインフェルノに手渡し、影のようにインフェルノの言葉を待つ。

 紙の擦れる音だけが部屋に響いた。


「……なるほど。内乱があったと言うだけに、随分と疲弊しているようだな」


 内乱による民衆の精神の過剰負荷。反乱軍による民衆への粗暴な行い。

 上層部では誰の手柄かと醜い闘いを繰り広げるなど、目も当てられない状況が報告書に記されている。


「バルン領の兵も例外なく。奇襲をされれば簡単に落ちましょう」

「この状況であれば、前首領の息子であるガーナード殿が先陣を切り国を救いに来た。そんな物語で民衆の心を掴むことができるな」

「ええ、間違いなく。民衆もこの状況に不満を隠せません。もとから酷い国だとは思っていましたが、これは酷すぎて言えません。まだ前のほうがマシだったでしょう」


 そう語るブライドにインフェルノはあくどい笑みを浮かべる。しかしその表情は仮面に隠されて誰に見られることもなかった。


「こちらとしては好都合。ブライド。更に民衆に不満をもたせるよう噂を流せ。なんでもいい。税が高くなるでも、反乱軍のことでも。我が国が、ガーナード殿が有利になる噂をな」


 その噂を信じた民衆がどう思うのか。上層部の失態。税の増税。一体どうしてこうなった。何が悪かった? 税は高くとも前のほうが良かった。

 そんな中で現れる、救いの如き存在。ガーナードが民衆のために戦うという美しい物語おとぎ


「承知しました。では噂をもって、民衆を落としてみせましょう」


 影が溶けるように消えるブライド。ばらまかれた噂はジュクジュクとベルルラートの民衆の心に蝕んでいく。


 そして1週間後、ついにレキシアが動き始めた。

 2万弱の兵を引き連れ、紅い煉獄の旗がはためく。先陣に立つのは血のように濃い髪を持ち、素顔を仮面で覆い隠した大陸最強と謳われる英雄。


 レキシア歴1280年7月21日。

 山脈の雪も溶ける遅めの春の訪れとともに始まった戦争。後にこの戦争はこう呼ばれた。


『血濡れた春水の戦争』と。

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