第21話「遊戯」

「ではルールを改めて説明します」


 ガランと開けた訓練場。本来であるならば第一騎士団が使っていたはずだったが今は誰も居ず、インフェルノとガーナードの部下が立っているのみ。

 ピリピリとした剣呑な空気の中、ラヴィベルトは両者の間に立っていた。


「勝負は一本勝負。先に相手に一本取れば勝ちとします。ただし殺すことは不可。審判である私が危険だと判断したならば失格となります。なにか異存は?」

「ない」

「ありません」


 短く答える二人。お互いをじっと見つめたままラヴィベルトには顔を向けずに答えた二人に一抹の不安を抱く。

 しかし二人の態度にセルシオもガーナードも特に何かを言うことはなく、短く息を吐いた。


「では、両者位置について」


 剣一本分空いた位置。そこに濃いほどの殺気と闘志が充満し、審判であるラヴィベルトは顔をしかめそうになるのを必死でこらえる。

 完全に二人ともさっきの話聞いてなかったな。なんて文句も言いたくなるような事態だったが、インフェルノの鋭い雰囲気に話しかけれるものはセルシオ以外いるわけもなく、ラヴィベルトは片手を空に上げた。


「それでは……始めっ!」


 ガンッ!!


 ラヴィベルトの手が空気を切るのと同時に聞こえる重音。木刀とは思えないような音を出しながら、インフェルノと男は打ち合いを始める。


「っ! お見事!」


 男の方は最初の一発を受け止められたことに驚いたのか、インフェルノに声をかける。

 インフェルノは鋭い目をちらりと向けるだけで特に答えること無く男の猛攻を捌いていった。

 ガンガンと鳴り響く訓練場。いつの間にか第一騎士団の団員たちが集まり、観客はインフェルノと男の一挙手一投足をじっと見ながら歓声を上げる。


 なんて脳天気な。そうラヴィベルトは思い意識をインフェルノたちに向ける。

 いつもどおりの変わらないインフェルノ。対して相手の男の方はキラキラとした目でインフェルノに猛攻を続けていた。


「流石は、インフェルノ殿! 私の父を倒しただけのことはある!」


 その男の言葉にインフェルノの空気が一瞬だけ変わる。しかし相変わらず相手の剣をさばいているのでラヴィベルトの気のせいかも知れないが。


「私の父?」

「あの男は剣聖オルドの息子。ダストという。実力で言えば父親を超える神童だそうだ」


 ダストの言葉にセルシオが疑問を口にし、それに対してガーナードが答える。


「ダストは我が国最強の騎士。たとえあのインフェルノ殿と言えども一筋縄では行かないのでは?」


 ニヤリと、ガーナードが笑いながら言う。たしかに今のインフェルノは防御ばかりをしていて禄に攻めていない。

 話を聞いてラヴィベルトが反論の声を上げそうになる、その時。


「アッハッハッハ!」


 セルシオの軽快な笑い声が空気を満たした。


「……何がおかしいので?」

「いや何。ガーナード殿はインフェルノのことを本当になにも知らないのだと思ってな。つい」


 目尻に溜まった涙を取り、セルシオはガーナードに向き合う。

 その碧い目に吸い込まれそうになりながら、ガーナードはセルシオの言葉を待つ。


「確かにガーナード殿の騎士であるダストは素晴らしいな。並大抵の騎士であればそう簡単には行かぬであろう」

「並大抵……ではインフェルノ殿は違うと?」

「当然だ。アイツを一体誰だと思っておる?」


 おおっ! と団員たちの歓声にガーナードが訓練場の方に目を向ける。

 苦々しい顔をしながらさっきまでの猛攻は見る影もなく、ダストはインフェルノを睨む。

 それとはまるで反転したかのように落ちる滝水のような猛攻を繰り広げるインフェルノ。それに歯を食いしばって耐えるダスト。


「終わりだ」


 突然聞こえたインフェルノの冷たい声。それが耳に届いた瞬間、ダストの体は遠くにある柱まで突き飛ばされた。


「なっ!?」


 ざわざわをと騒がしい訓練場。混乱や羨望の入り交じるその中で、インフェルノは変わらず木刀を戻す。

 ハッと、ラヴィベルトが意識を戻し片手を上げて制した。


「い、一本! この勝負、インフェルノ様の勝利!」


 何が起きたかはわからない。わかるのはインフェルノの見えない攻撃で自慢の騎士がふっ飛ばされたということだけ。

 冷や汗が吹き出すような思いのなか、ぽんとガーナードの肩を誰かが叩く。


「さて、賭けは余の勝ちのようだな」


 ニコニコと、青年と少年の間にいるその王はガーナードに晴れ渡るような笑みを浮かべる。

 ガーナードは掠れたような声で何かを言ったが、それも歓声でかき消えた。


 ****


 国の行く末を賭けた遊戯が終わって、数日後のこと。


「インフェルノ殿! あの一本、見事でした! 一切反応ができませんでしたよ!」


 そんなことを廊下の向こうで大声を上げながら言うのは、先日賭けの試合で戦ったダスト。

 インフェルノにふっ飛ばされた傷もとうに癒え、今日もこうしてインフェルノを見つけては突撃していた。


 そしてココ最近のお決まりの言葉を。


「今日こそはぜひとも手合わせをしていただけませんか?」

「……」


 仮面の下でどんな表情をしているのか。そばにいるラヴィベルトにはわからない。

 しかしめんどくさそうな空気を出すインフェルノは今間違いなく不機嫌であった。


「あの、ダスト殿。インフェルノ閣下は陛下にお呼ばれされていまして」

「むっ? そうか……ではその後は?」

「その後は執務です」


 最近加わった「いつもの会話」。ラヴィベルトがこうしてダストに答える回数はすでに二桁を超えていた。

 だからこそ、


「ダスト殿。私は忙しい。しかし貴殿もそうは引かないだろう。故にこのあと一度手合わせし、私が勝ったらこういう事は控えるようにしてもらいたい」


 必ずぶっ殺す。なんて空気を出してインフェルノが提案するのは必然であり、それに対してダストが乗らないわけがなかった。


「相分かった! では私が勝ったのならば手合わせを何度もしてもらいますぞ!」

「構わん」


 犬のしっぽのような物を振る幻覚を見せながらダストが嬉しそうに去っていく。

 だがその一瞬。ラヴィベルトにだけに見せるような鋭い視線にラヴィベルトは身を固くした。


「今のは」

「どうした、ラヴィベルト」

「い、いえ! 何でもありません」


 ため息を付きながら先を歩いていくインフェルノが振り返る。

 まるで幻のような見たこともないダストの視線が気になったが、それよりも不機嫌なインフェルノのほうが大事だと思考を切り替えたラヴィベルトはその後ろをついていった。

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