第20話「ここが何処だかわかっているのか?」

 珍しくにわかに騒がしい城。いつもなら静かな雪の中に閉じられたような堅牢な城だったが、予想だにもしなかった来客に慌ただしくなる。


 予想だにもしなかった来客。敵国であり滅びた国。ベルルラート連邦王国王太子だ。


「ようこそレキシアへ。ガーナード殿」


 開かれた扉の先にいる麗しき少年。冬の精霊なんて呼ばれたことのあるその美しき少年の名前はセルシオ。若き少年王だ。

 そんなセルシオは貼り付けた笑みを浮かべて灰色の髪の青年を見る。


 氷のような薄水色の瞳。灰色の髪。男らしく精悍な顔立ちのその青年の顔には痛々しくも右目を潰すような傷。

 この男こそがベルルラートの王族の生き残り。王太子ガーナードである。


「突然の訪問に関わらず。感謝します、セルシオ王」

「なに、先の戦争では敵同士だったとは言え過ぎたこと。ここで話すのも何でしょう。ささやかながらもてなしを用意させてもらった。話なら食事の席でしようではないか」

「ええ、勿論」


 決して和やかな……になるわけもなく、二人は張り詰めた笑みを浮かべながら薄めで開けた目で相手を測る。

 元敵同士。しかもその王族となればこの雰囲気も仕方ないというもの。

 表面上は和やかに進めながら、二人は食事の席に座った。


「冬国と聞きしていましたが、ここまでの雪景色を見ることもそうないですね」

「我が国ではいつもの光景だな。ここまで来るのに苦労しただろう」

「それなりには。しかし本当に美しい国です」

「そう言われると余としても誇らしい限りだ」


 はははは。

 給餌する者たちの静かな震え。笑っているはずなのに全く笑っていない二人の間に誰も首を突っ込むことができない。

 皿を置くときですらも震えるのだから、それを抑えながら何でもないように振る舞う使用人のプロ意識は相当なものである。


「セルシオ陛下。お呼びでしょうか」


 そんな空気の中に、雪よりも冷たい声を持つ女が入ってくる。

 食事をしに来た、なんて雰囲気ではなくいつもどおりの威圧と警戒するようなインフェルノに、セルシオはここに来て笑った。


「インフェルノ。待っていたぞ」

「遅くなり申し訳ありません陛下」


 少しだけすねたようなセルシオにインフェルノは側に寄り困ったように謝罪の言葉を口にする。

 そしてちらりと、セルシオの前の席に座るガーナードを見てインフェルノは礼をした。


「こうしてお目にかかるのは初めてですね。インフェルノと申します」

「あ、ああ……ガーナードだ。まさか本当に女だとは」


 インフェルノを女として見るものは居ない。しかしその体のラインからインフェルノは女だという事実はあきらかだ。

 大陸最強の女剣士、地獄と呼ばれた英雄。それが本当なのか、ガーナードは戦場での彼女の活躍を見ていないからわからない。


 だからこそ。


「セルシオ陛下。少し、遊戯でもいたしませんか?」

「ほう、遊戯とな?」

「ええ。私の部下と戦い、どちらが勝つか賭ける。そんなゲームです」


 その言葉にセルシオは目を見開く。なんて愚かな行動なのかと。

 元とはいえ一国の王子がとるような行動でない事に、セルシオはなぜ滅んでしまったのかわかった気がした。


「……」

「……」


 チラリとインフェルノに視線を向けたセルシオに静かに頷く。

 それを見てセルシオは厳かに、静かにガーナードに向き合った。


「賭けの対象は?」

「そうだな。インフェルノ殿に我々が負ければ」


 後ろに待機させた騎士に出させたのは1本の剣。

 宝石や金箔で飾られた鞘から察するに、実用では無いものだと2人は判断した。


「それは?」

「これは王位継承権の証である宝剣。名をエクリスという」


 王位継承権の証。つまり今ガーナードが持っている剣はベルルラート連邦王国に置いて重要な国宝であるということになる。

 これを持つ限り真に連邦王国が誰かの手に渡った訳では無い。未だに王位継承権はガーナードが持っているということだ。


 そんなものを賭けに出したということに、セルシオが分からない訳がない。


「なるほど……。では余が負ければ」

「私と共に、ベルルラートを取り戻してはくださいませんか?」


 戦争をもう一度。今度は生き残りの旧連邦王国軍と共に戦い、そして取り戻せ。

 それが今回の賭けの対象だとガーナードは笑って答える。


 それに対し、セルシオは微笑みの仮面を外してガーナードを睨んだ。


「巫山戯るなよ」

「!」

「そんなものが賭けだと本気で思っているのか、ガーナード殿。貴殿たちは忘れたようだから今1度言ってやろう。



 ――敗戦国風情が。ここが何処だがわかっているのか? 身の程を知れ、痴れ者が」


 カッとガーナードの顔に朱が入る。まさか自分よりも年下の少年にここまで侮辱されるとは露ほどにも思わなかっただろう。


 思わず拳を握って立ち上がるガーナードに、インフェルノが動く。拳を握ったその手を捻り地を這うような声で囁いた。


「それ以上動いてみろ。もし陛下に傷一つでもつけるようであれば貴様の帰るべき国は無いと思え」

「……!!」


 この場合。分が悪いのは確実にガーナードの方である。

 ガーナードの後ろ盾は先のクーデターでなくなり、持っている兵も微力。

 インフェルノが今攻めいようなら、クーデターでボロボロになった国も自身の兵も失うことになるのは目に見えていた。


「……申し訳、ありません」


 離れるインフェルノの手。手首にはくっきりと跡が残りジンジンと痛みが走る。

 どんな握力をしたらこうなるのか。思わずインフェルノを見てしまうほど驚くガーナードを無視し、インフェルノはセルシオの後ろに戻って行った。


「失礼、余の家臣が無礼を働いた。ところでガーナード殿。先程の賭け。どう考えても我々の方の勝ち分が少ないとは思わないか?」

「……と、言いますと?」

「我々が勝った場合。貴殿たちが国を取り戻すことに協力をしよう。そして国を取り返せた暁には…………――我が国との和平を結ぼうでは無いか」

「!!」


 ガーナードが驚きで持っていたフォークを落とす。


「我が国と貴殿の国は先々代から今まで戦争を繰り返して来た。今回の戦争でもだが、我々はお互いに傷つきすぎた。我らは戦うよりもまずは仲を深めることが重要だとは思わんか?」

「し、しかしっ! それではセルシオ陛下に利益は」

「利益の前にまずすべきことがある。そう思うのは余だけであろうか?」


 先程の鋭い視線は仮面の下に隠れ、セルシオは微笑みを浮かべる。

 ガーナードはその表情から必死にセルシオの真意を探ろうとした。が、したところで無意味だろう。


 なぜならこの賭け。勝っても負けてもセルシオたちの協力はあるのだから。

 だからこそ、ガーナードは必死で困惑する感情を押えて笑った。


「良いでしょう。賭け成立です」

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