二章 滅びた国と英雄

第19話「滅びた国の王太子」

 戦火が王都も城も、民家すらも焼き尽くす。

 女子供も、年寄りも無差別に焼き殺すさまを一人の青年が見ていた。

 怒号と恐怖の悲鳴が耳を焼き、脳に刷り込まられるのを感じながら青年は地面に拳を叩きつける。


「クソ! クソ!!」


 昨日まではただの美しい町並みだった。城だってあんなに赤くはなかった。

 だがそれも今では見るも無惨な王都の町並み。屍がそこら中に転がり、踏まれていく。


「許さん……許さんぞルーシャ・スペード!!!」


 紅い夜に吠える青年。その声すらも炎に溶けていき、誰の耳に入ることもなかった。



 ****


 昼下がり。氷でも張ったかのような空の下で血のように濃い赤の髪をした女と、反転するように輝く稲穂のような金色の髪をした少年が向き合う。


「はぁ……はぁ……」

「……」


 木刀を持ち、睨む少年。対して女の方は仮面を付けていつもと変わらない空気のまま木刀を構えていた。

 ジリジリと焼きそうな太陽なのに雪のもとになると寒く感じる。そんな空気の中、少年が気合の声を発して女の間合いに飛び込んだ。


 カンッ!!


「!」

「またですね陛下。脇が甘い」


 もっていたはずの少年の木刀は後方に飛び、女は平坦な声で少年の脇を木刀で突く。

 ほんの少し、触れるか触れないか程度のそれに少年は膝をついた。


「くっそ! 行けると思ったのに!」

「ですから何度も申したでしょう。何でもかんでも真っ向からくるものではないと。フェイントを入れるなり少しは工夫しなくては死んでましたよ」

「わかっているけどあんな状況でできるか!」


 少年、陛下と呼ばれる彼の名前はセルシオ。ここレキシア王国の若き少年王である。

 そんなセルシオに対して何かと指導するのはこの国英雄であり、大陸最強と謳われる最強の女剣士インフェルノだ。


 今日はセルシオの剣の稽古。王とは言え戦争から終わったばかりのこの国は未だに安定せず、若い王を始末しようとする輩が居ないわけではない。

 だからこそ自分で自分を守れる程度の剣術を身につけるための稽古をしているセルシオだったが、その目的はもはやすり替わり今では「どうインフェルノに一本入れるか」となっていた。

 そうして始めて3時間。やりすぎだとわかっていても止められないインフェルノは自分の未熟さを恥じる。


「陛下。公務が滞りますので今日はここまでです」

「ムッ。また勝ち逃げされるのか」

「まさか。陛下も成長されていますよ。順調に行けばいつか私を越せるかも知れません」

「そんな世辞はいい。余だってわかっておる」


 ぷくっとすねた顔でそっぽ向くセルシオにインフェルノはたじろぐ。

 インフェルノは自分がそういうことでは不器用だと知っている。それが欠点だとも思っている。だからこそ良かれと思っていった言葉のせいでセルシオがこうなっているのだとわかり焦っていた。


 それを見かねたのはインフェルノの新しき部下である眉間のシワが山脈のようになっているが、それが普段の表情である堅物の青年だった。


「陛下。インフェルノ閣下。こんなところに居たら風邪を引きます。汗を流すために一度こちらにお入りください」

「ラヴィベルト」

「……わかった。インフェルノ! 次こそは一本入れるからな!」


 そんな捨て台詞を吐いてセルシオは浴場に向かっていった。残ったのは木刀を戻すインフェルノと、それを手伝うラヴィベルトだった。


「閣下も一度汗を流してきては? 風邪を……引くかも?」

「引かないとわかっているなら無理に言わなくともいい。それにこの後は団の方にも行く。お前は先に執務室に行っていろ」


 首を傾げながら言うラヴィベルトにインフェルノは少し笑って木刀をもったまま第一騎士団の方へと向かっていく。

 それを見送りながら男は女の言われたとおり執務室に向かっていった。



 ****



 麻薬事件からすでに3ヶ月。そして先の戦争で戦っていたベルルラート連邦国が滅びて同じ時間が流れた。

 その間も連邦王国付近の国境は盗賊などで荒れたが、そのうち静かになっていき連邦王国では内部の争いが終ることはなかった。


 このまま連邦王国は滅び、新しい国家が生まれるだろう。そんなことを誰もが思っていたそんな頃、静かに平穏に戻っていたレキシア王国に激震が走る。


「……今、なんと言った」

「はっ! ベルルラート方の使者とのこと! 至急陛下にお会いしたいとのことですが如何なさいますか!」


 なんと内部で荒れに荒れた国家からの使者。しかも相手は滅びたはずの国の前を使った。

 それがなんの意味を持つのか。セルシオは黙ったまま目を瞑り、そして王毅然とした態度で外交官に言う。


「相分かった。通せ。それとインフェルノを呼べ」

「かしこまりました!」


 焦ったような様子は一切見せずに部屋を出ていく外交官。しかし部屋を出た瞬間に聞こえる慌ただしい足音がすべてを物語った。

 その数分後、入れ替わるように入ってきたのは赤い髪に仮面を付けた女。インフェルノとラヴィベルトだった。


「陛下。ただ今馳せ参じました」

「インフェルノ。それにラヴィベルト。そこに座れ」

「「失礼します」」


 顎で指されたソファに二人して座る。いや、インフェルノの方は勝手知ったる自室かのように紅茶をいれはじめた。

 それに対して慌てるのはラヴィベルトだが、セルシオに止められればなにもできずに静かに座り込んだ。


「それで陛下。私をお呼びしたのはやはり」

「ああ。思っている奴らで間違いない。やはりこの国に接触してきたようだ」


 紅茶を飲みながらげんなりするセルシオ。奴らとは? と、なにも知らないラヴィベルトが聞いてくるのは当たり前のことで。


「そうか、まだ言っていなかったな。ラヴィベルト。ベルルラート連邦王国は3ヶ月前に滅びた。その事は知っているな?」

「はい」

「議会をまとめていた統括……いわゆる国王は殺され、すでに国としての機能は失った。……だが、それでも生き残ったものがいる。王太子だ」


 セルシオの言葉にラヴィベルトは目を見開く。王太子が生き残っているなど、そんな話は聞いていなかった。

 だがこの話はきっと元ベルルラートの者たちも知らぬ話。それをもう知っているインフェルノとセルシオの情報網を恐ろしく思う。


 そうして恐怖するラヴィベルトはハタリと今回の件をおもいだす。

 いきなり来たという使者。そしてこの話。結びついてくるのは当然で、そして顔が引きつるのも当然というものだった。


「まさか、今回の噂の使者と言うのは」



「ベルルラート連邦王国の王太子。ガーナード・ベルジ・フ・ベルルラート殿だ」


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