第18話「残った疑問」

「ダグドール公爵。貴様を国家反逆罪及び麻薬売買の罪で逮捕する」

「……は、い」


 大人しく連れて行かれるダグドールを見て、ラヴィベルトはその場から崩れ落ちる。

 足はガクガクと震えているが、それは恐怖だけではない。体を鍛えているとは言え久しぶりにここまでの運動をしたせいでガタが来たのだ。


「ラヴィベルト」


 ダグドールが連行されるのを見届けてから来たインフェルノ。そして疲れから地面に膝をついたまま動かないラヴィベルトは急いで起き上がろうと苦心していた。


「っ、インフェルノ閣下。申し訳ありません、すぐに立ちます」

「いや、無理はするな。そのままでいい」


 カサリと、落ち葉を踏みつけながらインフェルノが膝をつく。目線を合わせるようにするインフェルノに、ラヴィベルトは驚いた。

 心做しか、周りからの煉獄の団員からの視線が集まっているような気がする。後は隠れているであろうタルタロスからの怒気も。これに関しては気の所為ではないが。


「あの、インフェルノ閣下。なにもそうしなくとも」

「気にするな。それよりもよくやった、ラヴィベルト。囮役を見事やり遂げるだけではなく、こうも証言とダグドールの意識を引き付けるとは。おかげでこちらもうまく動くことができた。私からの具体的な指示も無くな」

「いえ、それは……」


 指示なく、どう自分が動くのか試していた。そのことを承知で動いていたのだから褒められるようなことはなにもない。

 ラヴィベルトはインフェルノに褒められて嬉しいという気持ち半分。聞いていた、あまり人を褒めるようなことはしないというインフェルノの性格に疑問を持った。

 ただまぁ、持つだけでそれを言うほどの度胸はもうラヴィベルトにはないが。


「合格だ、ラヴィベルト・ジャーズ。今日から本格的に私の補佐になってもらう」

「え」


 何処か呆然と褒められたことを思っていた頭に入った言葉に顔を上げる。

 上げた先にいたのは仮面を被っているというのに上機嫌だとわかるぐらい機嫌の良いインフェルノだった。


「私と陛下ごとこの国を変えてみせるのだろう? その言葉、忘れるな」


 耳元に寄せられた声は柔らかく、けれども何処か残忍さのある不思議な甘さに頭の奥がしびれる。


「覚悟は、できたな」

「は、はい……」


 やっぱりあのことを根に持っている。そんなふうに思ったラヴィベルトは去っていくインフェルノの後ろ姿に乾いた笑いを送った。


 ****



「さて、先の騒動の解決。よくやったインフェルノ」


 王毅然とした態度でインフェルノを見るのは、ここレキシア王国の若き少年王セルシオだ。


「もったいないお言葉です。陛下」

「ああ、待て。少しそこに座れ」


 セルシオに呼ばれたインフェルノが臣下の礼を取る。それに待ったをかけたのはセルシオだった。

 ソファに腰掛けるインフェルノを見て、セルシオはようやく王の態度をやめ背もたれにもたれかかった。


「で? ダグドールの方の尋問はどうなった」

「依然としてアルユの密売ルートの大元を喋らぬまま黙秘しております。しかし確実に裏があるでしょう」


 こうして前王派による麻薬事件が解決した。かと殆どのものは思っていた。

 だが麻薬である魔法の粉アルユは本来この国には自生していない、もっと南の方で育つ植物。この国は冬国。育つわけがないのだ。


「だとしたらやはり」

「はい。他国の介入が濃厚かと推測できます。あるとしたら先の戦争で敗北したベルルラートかそれとも」

「アルユが自生する国。南の国グランデ公国か」


 グランデ公国。南の島国であり、元はとある国の公爵領だったのを独立した小さな国である。

 人口はレキシアの半分にも満たず、国民も南の島国らしく奔放。だが他国に対して臆病な政治的対応を取ることが多い。

 故にグランデ公国は絶対中立宣言をし、他国に攻め入ることはしないのだ。


「しかしグランデがこの国に経済戦争を仕掛けるメリットは少ないだろう? 今の王も先代と変わらず慎重な方だ」

「ええ、ですからこの事件。確実の何カ国かの介入があったと考えていいかも知れません。グランデ公国は絶対中立の国。だからこそこの麻薬を使われたのでしょう」


 グランデ公国に自生している。なら見るべきはグランデ公国かも知れないが、レキシアとは距離も離れそこまでの親交もない。

 何より兵力で劣るグランデ公国が冬国に戦争を仕掛けるメリットはないのだ。


「ならばやはり、ベルルラートか」

「あの国は侵略国家。今の王の性格を見ても負けた腹いせに仕掛けてきてもおかしくはない。……出ますか」


 静かに攻め入ることを仄めかすインフェルノに、セルシオは微笑む。


「いや、今あの国は内乱状態だと聞く。先の戦争で大量の税を取っておきながら負けたのだからな。連邦王国に負けた国を吸収してきたのだ。ここぞとばかりボロボロになった国に反旗を翻すものが後をたたないらしい」


 ベルルラートは連邦王国であり侵略国家。多数の国を吸収して成り立った強国は、弱小国家であるレキシアに破れた。

 議会が荒れ、民衆の不満がそこに向くのに理由はいらないだろう。

 そして、ベルルラートに恨みを持つものも当然。


 フッと、侮蔑の笑みを浮かべるセルシオはインフェルノに向き合い王毅然の態度で言う。


「ダグドールの尋問を急かせ。必要であれば縁者にするのも許可する。それでも話さない場合はしてもいい」

「承知しました。2日以内に必ず」


 今度こそ立ち上がり臣下の礼を取ったインフェルノは部屋を出ていく。

 残されたのは置かれた2つの紅茶と少年王ただ一人。もっていたカップの中で波打つ紅茶を飲み干し窓を見やる。


「ベルルラート……まだこの国に牙を向くようであれば、歴史から姿を消してもらわないとな」


 そうつぶやくセルシオの言葉を拾ったものは居ない。

 しかしこの数日後、レキシア王国に激震が走る。セルシオすらも予想しなかった事態が起こった。


 内乱によってベルルラート連邦王国が滅びたのだ。



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これにて一章完結です。

次章お楽しみに!

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