第17話「決定事項」

「隊長〜。どーしてラヴィベルトくんにそこまで過保護なんですぅ?」


 ダグドール本邸前にて、エースがそう聞く。特に深い意味もない、ただの興味本位。

 その事がわかっているインフェルノはただ静かに視線を向けた。


「隊長と呼ぶな」

「はいはい。もうそれ諦めましょうよ。だってオレたちにとって隊長がどんな立場であろうともオレたちの隊長なんですから。って、そういうことじゃなくて」

「私が過保護にしている。ってことだろう?」


 フッと笑いをこぼすインフェルノにエースの目が見開かれる。インフェルノはめったに笑うことはない。しかも声に出すなどもっとない。


「うーわぁ。マジかぁ。マジですか隊長」

「? なにがだ」

「いやいや。仮面なんかなくたってオレらはわかってるんですよ? 隊長がそんなふうに笑うのなんて珍しいにもほどがありますよ。それこそ陛下の時以外ありえないでしょ」


 周りの部下たちも同じように驚き手を止めてしまっている。それを咎めるように視線を送り、インフェルノはエースから顔を背けた。


「私は行く。首尾よくやれ」

「はぁーい。行ってらっしゃい隊長」


 語尾にハートマークが付きそうな程の機嫌の良い返事をしてインフェルノの背を見送るエース。

 そうして愛馬であるルドルフに乗って本邸から姿を消すインフェルノの背に、何人かが吹き出すように笑う。


「いやぁ、まさかあの隊長がねぇ」

「だな。まさかあの天下の隊長様に春が来るとは」

「なら今から行くのは部下じゃなくて囚われのお姫様を助けにってか?」


 部下たちが声を上げて笑い、エースはラヴィベルトのあのガタイの良い体つきと鋭い眼光を思い出してさらに腹を抱えて笑う。

 まったくもって姫らしくもない。なのにインフェルノと並ばせるだけで姫らしくなる。そんな事実に。


「ラヴィベルト・ジャーズかぁ……」


 あのインフェルノに現れた、期待の星。インフェルノに対して啖呵を切るラヴィベルトを見た時、エースは殺されていなかったことに少なからず驚いた。

 反対派だと公言していたラヴィベルトを陛下は認めた。国を変えてやると言ったラヴィベルトを許した。

 なら、あのインフェルノが期待しているのなら自分たちも期待しないといけなくなる。


 したくなってしまう。


「なら、オレたちはシュクフクしないといけないだろ。陛下も気に入っているみたいだし、反対するやつはいないって」


 公爵、ダグドールの燃え盛る本邸を前に、煉獄たちは動く。

 出てくる敵をあのときのように全て切り捨て、赤い道をつくる。インフェルノと同じ髪色の道を。


 ****


「くっそ!」


 犬たちの吠声が風を切って耳に届く。直ぐ側まで着いている荒い呼吸が背筋を凍らせた。


「流石に猟犬相手に勝てないな!」


 何処に隠れようとも、何処に行こうとも撒けない。罠だって匂いなのか本能なのか、全て潰される。鍛えられた犬の恐ろしさを改めて実感した。

 その上。


「チッ!」


 直ぐ側を通り抜ける矢。少しでも油断したら矢に当たるか犬に食われる。

 幸いにしてダグドールの腕は素人に少し毛が生えた程度。スピードだって目で追えないわけじゃない。普通ならあたることもないようなもの。


 けれども犬という存在のせいで、今ラヴィベルトは絶体絶命のピンチに陥っていた。


(犬の方をなんとかしないとまずいな)


 外では犬たちのテリトリー。なら罠が少なくとも部屋などの隠れれる場所のある別邸に行ったほうがいい。

 森近くまで来ていたラヴィベルトは反転させて別邸に向かう。


 しかし、


「見つけたぞ!」

「!」


 別邸内やその近くにいた別の狩人に見つかったラヴィベルト。別邸までの道はすべて潰された。

 持っている武器は剣一本。集まってきたのは大体五人であり、弓やクロスボウという長距離の武器だった。


「ははは、これはもうゲームオーバーかな。ラヴィベルト君?」

「……っ」


 ねっとりと聞こえた声にラヴィベルトは後ろを振り向く。殺気まで近くにいたはずの猟犬はダグドールのそばでこっちを見ているだけ。

 それを見て理解する。獲物を追い詰め、じわじわと殺すという意思が、ダグドールから感じられた。

 ここに誘導するために、犬を使ったのだと。


「流石だな、ダグドール。すっかりやられた」

「気づかれたらどうしようかとも思ったが。本当によくやるよ。さすがはあの英雄もどきの女の部下だ」


 矢が装填される。鋭く輝く銀の色の矢じりが真っ直ぐにラヴィベルトに向けられた。


「だが、それもこれで終わりだ」


 全方位にある矢。ダグドールの後ろに控える覆面の兵たち。もはや逃げる場所は何処にもない。


「あの女に関わったのが運の尽き。地獄に魅せられた哀れな男だな。……ここで死ね」


 引き金に指が届く。少しの力で引き金は引かれ、そうして飛び出た矢は確実に、そして正確にラヴィベルトの頭を貫く。


「あの方に関わったのが……運の尽き? ふっ、はははははは!」

「……なにがおかしい。ラヴィベルト君」

「なにが? そんなこともわからないのか、ダグドール公!」


 構えるダグドールに出したのは懐中時計。ラヴィベルトが普段から使う、アンティーク物。


「時計……? まさか、あの女が来るまでの時間が経った、そんな希望論を言うつもりはないだろうな?」

「そんなことよりも、まだ気づかないのか? この場が、静かだということに」


 ラヴィベルトの言葉にダグドールはハッとする。確かに殺気まで聞こえていたような喧騒はまるで幻だったかのように消え、静まり返っている。

 聞こえるのは数人の狩人の息遣いと、猟犬のもの。そして、目の前の獲物である男だけ。


 おかしい。そう思ってラヴィベルトに視線を外した。

 それが狙いだったのも知らずに。


「あ……?」


 すっぱりと切られた両手首。落ちたときに聞こえたグチャリと潰れる音ともっていたクロスボウが地面に当たった音。

 すぐ近くにいつの間にか来ていたラヴィベルトが持つ剣は血塗られ、反射して映ったのは自分の間抜けな表情だった。


「希望論? 違うな、これは決定事項だ。負けたのは貴様だダグドール。あの方と陛下……そして前国王陛下に仇なす貴様のな」

「――ウギッ! ギャアアアアアアアアアアア!!!!」


 今まで感じたこともないような痛み。よく嗅いだことのある鉄臭い臭い。それらすべてが自分から伝わってくるという異常事態に、ダグドールは地面を転がる。


「どうした? 立て。これは貴様が仕掛けたゲームだろう? これ程度の痛みでそんな無様な姿を晒すな」


 なんでどうして? どうして誰も動かない。どうして犬が動かない?

 どうして。その言葉が頭を支配し、それを塗り替えるような痛みが手首から全身に伝わる。


 真っ赤な血が、地面に広がる。


「な……ぜだ……。なぜっ! 貴様程度に!! この私が!」


 殺せと、生かして帰すなと。後ろにいた私兵にそう命令するのに、動く気配がない。

 ぐちゃぐちゃになった顔で兵を睨みつける。覆面をした、顔のわからない兵に叫んでは罵倒し、さらし首にと。


「殺せ!! 早くこの男をころ」

「ダグドール公。貴殿の負けだ。この場にはもう、貴殿の仲間は何処にもいない」


 グチャッ。飛んできたのは犬の首であり、さっきまで生きていたはずの自分の猟犬。


「へ……?」


 痛みすらも忘れるような出来事に、ダグドールは顔を上げる。そこにいたのは覆面の兵士ではない。

 紅血色の髪を持つ、仮面の女だった。


「いん、ふぇる……の……。どうして……」

「貴殿がそれを言うか、ダグドール公。貴殿は私の部下にこんな催しを行ってくれたではないか。本邸に見向きも注意もせずに、な」


 土を踏み、女は紅い軍服を羽織る。真っ赤な髪が揺れるたびに恐怖が増して行った。

 本邸に見向きもせずに。その言葉で目の前の女がなにをしたのか。自分の後ろで剣を構える男が一体どういう役割なのか。

 痛みで消えそうになるなか、頭は答えを導き出した。


「ダグドール公爵。貴様を国家反逆罪及び麻薬売買の罪で逮捕する」


 それでももう、ダグドールの敗北は決まったようなものなのだが。

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