第16話「勝つためには」

「はぁ……はぁ……」


 ある一室の空き部屋。そこで息を整えていたのはラヴィベルトだった。

 重く血と油に濡れた剣をそこらにあった布で乱暴に拭い、堅苦しい礼服を脱ぎ捨てる。

 身軽になったラヴィベルトは部屋の中にある使えそうなものを一通り調べ終え、そして天井に目を向けた。


「話は聞いていただろう? 降りてこい、タルタロス」

「……」


 降りてきたのはいつの日か見たタルタロスの一人、ラスト。今の今までずっとラヴィベルトの護衛をしていた彼女はすべての話を聞いていた。


「何かしら? あまり話しかけてほしくないんだけど」

「バカを言うな。インフェルノ閣下からなんと伝言を預かった? すでにダグドールには向かったのか?」


 じっと見てくるラヴィベルトに、ラストはため息をつく。全く、本当に嫌になるほどインフェルノ様に似ている。そんなふうに思いながら。


「どうしてインフェルノ様がそっちに向かったと? 普通なら別邸であるここだとは思わないのかしら?」

「お前というやつは。本当に俺を舐めているな。インフェルノ閣下は突入するとは言ったが、俺に突入する場所は言っていなかった。それは無駄な情報の漏洩を防ぐこともあるが第一は俺を試していたからに違いない。……全く困った方だ」


 ラヴィベルトの推察通り、インフェルノはラヴィベルトの才能を試していた。そのために敵が多いとされる別邸に一人で行かしたのだから。

 インフェルノの敵は外部だけではなく内部にも多数いる。武官の中では神聖視されていても文官や貴族たちにとってインフェルノは目の上のたんこぶ。

 いなくなるなら、早いほうがいいと思うのが普通なのだ。


「だからこそインフェルノ閣下は俺を試すことにした。この絶望的な狂気のゲームをどう生き残るのか。たとえ文官としての才能があっても、参謀としての才能があっても生き残れないのでは意味がない。拷問で機密情報を漏らされれば目も当てられんだろう」

「そこまでわかっていてわざと乗ったっていうの? アンタ、本当に馬鹿ね」

「言っただろう。これ程度で生き残れないんじゃ俺はあの人の近くにいる資格はない。インフェルノ閣下は合理的だ。だが不完全とも言える。だからこそ、あの人のそばで支えるのは俺だ」


 支えるのは俺。その言葉だけにはどうも共感したくないラストはそっぽを向く。


「インフェルノ様は今現在、ダグドール公爵家本邸に乗り込んでいるわ。ここには別働隊が向かっている。……だからそうね。生き残るためには最低でも30分。それまでにこのゲームで勝たないと。ラヴィベルト、アンタ死ぬわよ」


 すでに外も中も敵だらけ。少しでも油断すれば一瞬で命を刈り取られる。

 思い出すのは殺気と興奮で塗れた目。そのうえであの爆弾を突きつけられた者たちが良心でラヴィベルトを助けることはまずないだろう。


「30分。俺は必死で防御を固めればいい。それだけだろ? ただそれじゃつまらない。俺は攻めに出る」

「はぁ? アンタ自分がなにを言っているのかわかっているのかしら? 普通は守りを固めるべきよ! アンタは戦闘になれてないでしょっ」


 声を荒らげてしまったことに少し後ろめたさを覚えながらラストは反論する。それにラヴィベルトは笑った。


「守りを固める? あの人数差でか? それこそ30分で生き残るなんて不可能だ。ここにいる私兵以外は貴族であり戦闘経験など皆無に等しいものばかり。いたとしてもそれは先の戦争で後方にいた程度だ」


 それならば俺が負けるはずない。窓の外を見て笑うラヴィベルトはラストに振り返った。


「こんな絶望的な状況で勝つためには攻撃レイズ。これがゲームに勝つ俺の必勝法だ」


 ****


 約50:1。これは会場内にいた狩人と獲物の人数。

 敷地が広いとは言え、周りを囲むように武装済みの私兵が多く設置され逃げることなんてできない。


「何処だ……何処に行った!?」

「殺せ! 必ず殺せ!」


 誰もが一人の獲物の死を望む。公爵家別邸はさながら地獄のような光景を作り出した。


「全くひどい光景だな」


 インフェルノが見てきた光景はこれ以上とは言え、正直二度と見たくないような光景だとラヴィベルトの表情は固くなる。

 殺されるかも知れないという恐怖。殺すという興奮。戦場でも同じだったのかと、くだらないことを考えそうになってしまう。


「俺程度がわかるわけもないと言うのにな」


 あの戦場の恐怖の何もかもの経験はすべて戦場で戦ってきたものだけが持つことができる。決めつけることは傲慢だ。

 だからこそくだらないことを考える思考を止める。今はただ、自分のやるべきことをするだけだと。


 49人という敵を前に勝つ方法。それは正攻法ではない。

 完全な奇襲。罠。ゲリラ戦法。汚いと言われるような手全てを使わないと勝つことはできない。

 ラヴィベルトは文官でいながら身体能力は普通の武官であれば引けをとっていない。女とも思えないような怪力であるラストに勝つ程度にはあるのだ。


 しかしそれで勝っても、ラヴィベルトの才能を使えているとは言えない。この男の本質は将。臆病にして勝つ方法を導き出す参謀でもある。


 だからこそ――。


「な、何だこれは! 縄が……っ」

「落とし穴!? 一体いつ作られ……ぐぁあああああ!!!」


 ラヴィベルトの張った罠が起動し、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す。外にいた狩人たちは皆、外にある罠に引っかかっていた。


「この屋敷が狩りゲームというくだらないゲームの会場であるというのであれば、それなりの罠があるに決まっている。迷路、庭、森。果てはこの屋敷そのものに罠がある。俺はそれを使うだけでいい」


 残り時間は20分。中も外も聞こえる悲鳴で、大半のものが罠に引っかかったのだと推測できる。

 これで、ラヴィベルトが動きやすくなっただろう。


 あれを除いて。


「ガルルル……ワンワン!!」

「グガァ……ガウゥ……」


 猟犬。このゲームに置いて、主催者であるダグドールよりも私兵よりも厄介な存在。

 人間の身体能力で犬に勝つことはできない。しかも鍛えられた猟犬は軽い指示であるなら簡単に理解し、実行できるだろう。


「見つけたぞ、ラヴィベルトくーん」


 ラヴィベルトの隠れていた草むらをかき分け、ダグドールが近づいていくる。もっていたのは装填済みのクロスボウ。

 すでにラヴィベルトの直ぐ側まで、そしてしっかりと照準を向けてダグドールがやってきた。


「やはり、一筋縄ではいけんな」


 ラヴィベルトは背を向けて走り出すのと同時に、猟犬が走り出す。

 残り17分。ゲームの本領はここから始まる。

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