第15話「狩りゲーム」

 公爵家別邸は森を含んだ王都で最も広い敷地面積を誇る。

 王都でここまでの敷地を持つのは、それ相応の権利を持つということ。ダグドール公爵の権力は戦争時、王家の権力を一時凌いだと言われているほど巨大。


 ダグドールを敵に回すもの。すなわちそれは破滅を意味する。


(そんな男に、閣下は挑もうとするなんて)


 現当主である目の前の男は傑物を謳われるほどの才の持ち主であるが、黒い噂も絶えない男でもある。

 ダグドールが麻薬の入手ルートを持ち、尚且商売するという点に置いて何ら不思議ではない。


「着いたな」

「……」


 ラヴィベルトは顔を上げて、その豪邸を見る。なんとも成金趣味のような悪趣味な館だ。そう思わずにはいられないほどの品の無さに顔をしかめた。

 しかしそれも一瞬。この男は今までのダグドールとの会話で理解していた。自分は今目の前にいる男、それどころか前王派の者たちから怪しまれていると。


 だからこそ、狸を被って嗤うしかない。


 ダグドールのあとを着いていき、ラヴィベルトは会場内に足を踏み入れる。

 入った先にいたのはたしかにリストにも載っていた前王派の者たち。そして何人かの中立側の人間。

 決してそこにはインフェルノのような現王派はいない。わかりやすい集まりだった。


 ただその中で違う点は唯一つ。全員が全員、礼服ではなく狩りをする格好。狩猟服というその一点だけが、会場の異常性を示していた。


「皆様ようこそ! さぁ決めましょうか、この国の未来を決める遊戯を!」

『おー!』


 ダグドールの言葉に会場にいた全員の興奮が高まる。可笑しなほどの熱量にラヴィベルトの背筋が凍った。

 いや凍った理由はそれだけじゃない。テラスの先、森の隣接して作られた庭の迷路に見えた猟犬がラヴィベルトの視線を奪い取った。


(これは、まさか……!)

「ラヴィベルト君。君がインフェルノに命令されてここにいることなどとっくのとうにわかっている。ではどうしてリスク承知で君をここに連れてきたのか? それはだな」


 会場にいる全員の視線が絡みつく。殺気と興奮の入り混じった目は信じられないほどギラついていて、使用人が渡して歩く三本の矢と弓。そしてその中にはクロスボウ混じっていた。その武器が更にそれを助長していた。

 ここまでくればもうわかる。自分は誘い込まれたのだと。


「私達はね、狩り尽くしたいのだよ。あの地獄に着いていくものすべてをねっ!」


 一人ひとりをなぶり殺す。当然煉獄の騎士団員たちが自分たちの弓矢程度でどうにかなることなどまずありえない。それは当然、この国最強と謳われるインフェルノも同様。


 だからこそ、戦闘力の低いラヴィベルトを焦点に絞った。インフェルノの王家補佐という立場を支える者を徹底的に潰すために。


「……なるほど、そういうことか。なんとも汚い連中だな。これで前国王陛下の忠臣もいるのだから最悪と言ってもいいだろう」


 言葉も態度もかなぐり捨てて、ラヴィベルトはネクタイを解く。もはや狸をかぶる必要は何処にもないのだ。

 それに今の状況などどうでもいいぐらい、堅物で頑固な男であるラヴィベルトは怒り狂っていた。


 インフェルノがセルシオ過激派だと呼ばれるのであればラヴィベルトは、


「貴様ら、前国王陛下の墓前で一人残らず処刑してやる。必ずだ。――ゲームの参加者は、獲物も入っているのだろう?」


 前国王過激派と呼ばれる男なのだから。


 ****


「……はっ、ハハハハ……ハーッハッハッハ!!」


 怒り狂うラヴィベルトを前に、ダグドールは狂うように嗤う。


「なるほど……! 狩りをするのは我々だけではない。そう言いたいのだな!」

「まさか、自分だけは無傷でいられるゲームにわざわざこんなリスクを伴う気か?」

「それこそだ!!」


 ざわつく会場にダグドールは高らかに、まるで歌うような気持ちで言う。


「ということだ! 私は勝負内容を変えようと思う。国の未来を決めるゲームが一方的ではつまらないからな! ラヴィベルト・ジャーズ! 君にも武器を手にすることを許そう!」

「なっ! ダグドール様! そんな事聞いておりません!」


 すっかり興奮が冷え切った前王派の一人が反論に入り出る。まさか自分だけは傷つかないつもりで来たのだろう。その言葉に頷くものも多かった。

 雰囲気はもはやゲームをするどころではない。場は騒然としていた。


 だが、


「なにを言っている? ここでは私自身がルール。それを認められないのであれば、ここで死ね」


 これで終わるならそもそもここまで追い詰められていない。

 隣りにいた従者から剣を受け取り、ダグドールは反論に出た男の首を切り落とす。その場は静まり返り、咽返るような血の匂いで充満した。


「だ、ダグドール様……?」

「さぁ、次は誰だ? 命をかけずにこの国をとろうという愚か者は一体、誰だ?」


 狂ったような目で、狂ったことを言う男に全員が絶句する。しかし逃げることなど不可能。この場にいる全員は知っているのだから。


 ここはダグドールの別邸。森を含んだここ全てがゲームの会場。勿論兵だっている。

 逃げれば、これを断ればどうなるのか。わからないものはいない。


『……』


 全員の目が恐怖に塗り替えられ、その矛先はすべて獲物であったはずのラヴィベルトに向かれる。

 ダグドールに勝てない。ならばたった一人の挑戦者を殺せばいい。いつものように。


「俺は、それで構わない。どうせここにいる全員を処刑するのだからな」


 ラヴィベルトはダグドールのもっていた剣を奪い取る。その行動にダグドールの顔は興奮で歪んだ。

 会場内にダグドールの声が響く。


「ルールは単純。ラヴィベルト・ジャーズを殺すこと。ただし逃げようとするものはすべて殺す。武器が破損。またはもっていた武器がなくなればそこでアウト。即死刑として、ラヴィベルトくんの要望通り前国王陛下の墓前に首を並べてやろう。以上だ」


 ルール説明が終わり、ラヴィベルトは会場を後にする。一人の足音のみが会場内に響き渡る。


 合図は出された。


「生き残りたくば、狩人として獲物ラヴィベルトを撃て。勿論私も参加する」


 狂気のゲームが今、幕を開けたのだった。

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