第14話「狸はどちらか」

 タルタロスの一人、ラストに啖呵を切ったラヴィベルトは今、酷く後悔していた。

 理由なんて言わなくてもわかるだろう。インフェルノにも伝わるとわかっていてのあの言葉。言うべきじゃないことまで言ってしまった。


「ぐっ……」


 あんな台詞。セルシオ過激派であるインフェルノが聞いたらどうなるのか、想像に難くない。

 ラヴィベルトはいま、任務からのプレッシャーよりもこの失言のせいでインフェルノがどう行動するのか、どう判断するのか。そのことで頭が一杯になっていた。

 幸いにもインフェルノは普段どおりだし、何処か機嫌が良さそうにも見える。あの話を蒸し返すようなこともない。

 気味が悪いほどだが、これが嵐に静けさでないことを祈るばかりだ。


 すでにラヴィベルトが舞踏会に行って一週間。例の会合まで残り3日までとなっていた。

 その間も向こうからの接触はない。しかしここ最近で見られているような視線をずっと感じていた。

 一人はインフェルノが付けてくれた影だとして、もう何人かは確実に前王派の者たちであることに間違いなかった。

 それはインフェルノも気づいているのだろう。機嫌はいいがいつも以上に隙きのない佇まいからインフェルノの執務室に入ると視線は消えていた。


 これ幸いと、インフェルノとの作戦会議が始まる。


「ラヴィベルト。風の噂で聞いたのだが、見合いの話があるそうだな」

「え、ええ。俺も年が年なので。しかし全くもって、見合いとは大変なもので全く見つかりません」

「そうか。焦るべきではないが、明後日は満月。この季節ならば雪花が夜見頃だそうだ。その近くで夜景の良い食事処があってな。見合いをするならそこがいいだろうと、聞いたことがある。私の部下にも既婚者がいて、そこにはよく行くそうだ」

「そうでしたか。参考にしてみます」


 一見なんでもないような他愛もない話。これが二人の作戦会議である。

 ラヴィベルトの見合い話が嘘だということなどインフェルノは知っている。故に例の会合を「見合い話」という隠語に変えた。

 明後日の満月は狙い時。雪花は花弁が星のような形をしていることからターゲットである前王派の者たち。食事処は会場。


 そして部下は、つまり団の投入である。


 着々と、じっくりと、逃がさないように包囲を作るインフェルノたち。

 巧妙に隠された糸を手繰るのは、そう容易ではない。


 ****


 会合当日。

 ラヴィベルトは王都にある別荘街を用意された馬車に乗ってゆっくりと向かっていた。

 行き場所はダグドール公爵家別荘。今回の会合場である。


「わざわざ迎えを感謝します。ダグドール公」


 暖かな高級木材をふんだんに使われた馬車に乗りながらラヴィベルトはほほ笑みを浮かべる。

 目の前には不健康。という言葉の似合う目の隈が濃く、腹の出た男が座りラヴィベルトを見ている。

 目が異常なほどギラつき、鷹のような目を想像させる。性格の悪さか、それとも薬でもやっている影響か、人相はひどく悪かった。

 この男こそが今回の発端であるダグドール公爵だ。


「なに。若くも優秀だと専らの評判である君と二人で話してみたいという爺の我儘だ。これぐらいはさせてくれ」

「そう言って頂けるとありがたいです。しかし私はまだまだですよ。インフェルノ閣下と比べれば」

「インフェルノ閣下、か。あの英雄と誰も比べようとは思わん」


 顔を少しだけしかめ、ダグドールは言う。しかし後半の言葉からでは感じられないような敵意がその表情から滲んでいた。


「ところでラヴィベルト君。君はインフェルノ閣下についてどう思うかね?」

「閣下のこと……ですか? 申し訳ありません。ダグドール公がなにを言いたいのか私には全く」

「はぐらかさなくていい。わかっているはずだ。インフェルノ閣下……いや、あの薄汚い異国民ごときが英雄、しかも王家補佐などとという立場に立つ! 今までこの国を支えてきた我らをないがしろにするようなこの事態を、どうして受け入れようか! 君にもあるだろう? だから我々に接触したのだ!」


 やはりそこか。ラヴィベルトはこころの中で苦虫を噛み潰すような気持ちになる。

 たしかに異国民であろうインフェルノがこんな重要な立場に立つのはおかしいだろう。


 不満が溜まっても、おかしくない。だから。


「……ええ、まったくもってそのとおりです。なぜ私があんな異国民ごときにこき使われるのか。毎日毎日屈辱の日々ですよ」


 力拳がズボンにシワを作る。ラヴィベルトのその行動をどう捉えたのか。ダグドールはラヴィベルトの肩を優しく撫で言う。


「君のその気持ち、よくわかるぞ。その無念を晴らしたい気持ちは私とて同じこと」

「……はい」

「私は君の味方だ。必ずあの無能な国王と英雄に目にものを見せようぞ」


 父のように微笑む男。離れたその手の湿ったような感触にラヴィベルトは目を閉じる。


 今の言葉、今の話。すべてが軽く、全てが信用できない。

 本当に国を思っているのであればなぜ麻薬などという、更にこの国を弱体化させるようなことをするのか。

 この男は全員の不満を利用し、なにかを企んでいる。ラヴィベルトは今の話でそこまでを導き出した。


(せいぜい狸を被っているんだな)


 狸を被って嗤い合う二人の空気は何処か殺伐とし、馬車は公爵家別邸へと向かっていった。

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