第13話「頑固者」

「変なこと考えたら、あたしアンタを殺すからね」


 首元に添えられたナイフとともに女の声が耳元で囁かれる。

 いつの間に近づかれたのか、一切の気配がなかった。


「影……ですか」

「そうよ。あたしがタルタロスの一人。あっ、後ろは向いちゃだめよ? たとえいい女そうでもね」


 ふざけた言葉だが、ラヴィベルトは後ろを向くことができなかった。

 女とは思えないほどの怪力で首根っこ捕まれている。もはやナイフなしでも首を折れば早いだろう。


「変なこととは」

「あたしのこと馬鹿にしてる? アンタがさっきの話で寝返るっていうのならここで殺す。インフェルノ様と陛下の覇道は邪魔させないわよ」


 ギリギリと締められていく首。やっぱりナイフの必要はあるのか? そんなことを他人事に思いながら、ラヴィベルトは後ろを振り向く。

 そこには全身が黒で着飾った、顔の見えない女。インフェルノと同じように、目以外が見えない。


「っ!? アンタどうやって!」

「貴様も閣下と同じように顔を隠すのだな、タルタロスの一人」


 動揺して首から手を離したラストに、ラヴィベルトはその手首を掴む。思っていた以上の握力にラストは身動きが取れなくなった。

 女の紫の瞳に、ラヴィベルトの顔が映る。まっすぐと射抜く瞳を宿した顔を。


「お前らが俺を警戒する理由はわかっている。俺は信用できないやつだって言うことは、端から知っている」

「! だったらわかるでしょ、いいから離し」

「だからこそ言わせてもらう。俺はあんなやり方を認めてはいない。認められない。国を守りたいのなら、なぜ国民を傷つけるような真似を平気で犯す?」


 ラストは、ラヴィベルトを知らない。その頭の硬さと真面目っぷりは書面でしか知らなかった。

 だからこそ、思い知る。その頑固さを。


「俺は俺のやり方で国を正す。正攻法で、真正面から!」

「ッそれは、あの方の敵に」

「俺が言っているのがそういうわけではないと、わかっているだろう。閣下は確かに陛下のことばかりで、少し心配にもなる方だ。だがな、あの人は俺を認めていたぞ! お前らの主が認めている俺を、お前らは疑うのか!」

「っ!」


 卑怯なやり口だと、ラヴィベルトはわかっている。この様子からして、タルタロスは忠誠をインフェルノ個人に誓っている。だからこそ、この言葉はタルタロスのメンバーに効くだろう。


「俺はあの人達ごと、この国をより良い方向に変える。麻薬などと、そんな姑息な方法を使わずに、全員が納得する方法でだ!」

「なっ、なんて傲慢不遜……。アンタ馬鹿じゃないの」

「馬鹿で結構。傲慢不遜? それがどうした。そんなことを恐れていて、あの人達についていけると? 地獄の底に行けると? 俺はあの人のところに来たその時から、そう決めていた」


 だから、と言葉を区切りラストを引き寄せる。


「俺を、あまり舐めるな」


 ラストの手首を離し、ラヴィベルトは会場を後にする。その後姿は全く似てもないはずなのに、何故かほんの少しだけインフェルノに似ていた。


「な、によ……あの男」


 ラストは誰よりもインフェルノを愛し、インフェルノのために生きている。だからあの男の言葉を許容できるわけがない。

 ラストの胸が、変な鼓動を立てているのはきっと気の所為なのだ。


 ****


 執務室にて、その一切合切を報告されたインフェルノはラストに視線を向ける。

 ビクリと、ラストが揺れた。


「そうか」


 たった一言の言葉とその貫くような視線に思わず下を向いてしまうラストは、無意識に手を握り込む。


「も、申し訳ありませんインフェルノ様」

「なぜ謝る必要がある? ラスト。お前は任務を全うしただろう」

「し、しかし」

「今回のことは別に怒ってなどいない。それに、あの頑固者は私や陛下ごとこの国を変えると言ったのだろう? ならば上々」


 仮面の下で、インフェルノが目を緩ませる。あのインフェルノが、笑っている。

 あの言葉は受け手にとっては反乱を公言するようなもの。それをまさかインフェルノが許すなんて。ラストは驚きのあまりインフェルノをじっと見つめる。


「それ以外での報告は?」

「……」

「ラスト」

「あっ、はい! 計画は順調に進んでおります。後は今回の首謀者たちを根こそぎ排除すれば今回の騒動も収まるでしょう」

「そうか。よろしい、引き続きラヴィベルトの護衛をしろ」

「はっ、はい」


 ラストが去った後の部屋に響くのは、文字を書く音のみ。その部屋に、一人の男が入ってきた。


「インフェルノ様。本当によろしいので?」

「ブライト。なにがだ?」

「あの男は危険です。即刻排除すべきでしょう。貴方様に矛を構える前に」


 殺気混じりの男に、インフェルノはもっていた書類を置く。顔を上げたその目に、冷酷さはなかった。


「ラヴィベルトは、頑固だ。この言葉は、あの男がラストを通じて私に伝えた言葉だというのなら嘘はつかんだろう。やつはルルト殿が困るほどの頑固さだからな」

「……はぁ、なるほど。インフェルノ様、貴方は期待しているのですね。あの男に」


 ブライトの呆れたような声にインフェルノは笑う。砕けた様子で椅子にもたれかかると、天井を見上げて言った。


「私は、真正面から誰もが馬鹿げているようなことに挑む馬鹿を知らない。ブライト。ラヴィベルトは陛下が成長する上で外せない存在だ。あの男が私の部下になってから、陛下はこれまで以上に張り切りだした。きっと、あの頑固さが重要だったのだろう」


 自分が持ち合わせていない、バカ正直な頑固さ。インフェルノは自分がセルシオ二甘いことを十分にわかっている。

 わかってはいるが厳しくできない。だからこそ、ラヴィベルトは自分にとっても大事な存在であるのだと理解していた。


「貴方様がそうおっしゃられるのであれば、我らタルタロスは共に行くだけです」

「無駄な心配をかけた。そうラストにも言っておけ」

「はい、それでは」


 ブライトが消え、またインフェルノは机仕事に向かう。今度こそ静かになった部屋には今度はなんの音も響かない。

 そんな静かな部屋でインフェルノは窓の外を覗き見る。あるのはか細い光を放つ三日月。


 だがインフェルノが見ていたのはそんな月ではない。見ていたのは、新しくやってきた類を見ないほどの頑固な男だった。


「縁とは不思議だな」


 ルルトが紹介してきたラヴィベルトは、殺気のあった威圧の前でも返事を言ってみせた。たとえそれの原動力が怒りであっても。

 タルタロスの一人であるラストに、力で勝った。


「本当に頑固者だ。あの男は」


 今回の事件を無事に解決すること。そして、セルシオを成長させること。

 大ボラを、実現させること。

 インフェルノは仮面を外し、月を仰いで笑う。


「期待している、ラヴィベルト」


 今回の騒動を、みんなが納得する形で解決することを。

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