第12話「前王派」
綺羅びやかな広間。聞こえるワルツの音。
ドレスは美しい花弁のように広がり、囁き談笑する声は華やかでありながら何処か危ない甘さを含む。
舞踏会。それは貴族たちの社交場であり、戦いの場。
ここで本心を語るものは何処にもなく、誰もが偽りの自分を演じる場所。
そこに、死んだ目をした男がいた。
「どうしてこうなった」
無論、ラヴィベルトである。
あの後本当に拒否権などなくそのまま計画を頭に詰め込ませられ、そしてこの戦場の場に放り投げられたラヴィベルト。
ここはあのブラックリストに載る公爵邸。ダグドール公爵の舞踏会である。
そのためか、周りにいる貴族たちの殆どがリストにも載っている前王派であり、残りは中立派の貴族でこの舞踏会は構成されていた。
(閣下は無茶苦茶だ。いや、それは陛下もか)
まさかこんないきなり突っ込んでくるとは思わなかった。行動が即決なのはいいことだが、やる方は堪ったものではない。
(ま、まぁ一応保険をかけている……と言っていたが)
思い出すのは一刻前のインフェルノの言葉。
『ラヴィベルト。お前の身辺護衛のため私の影をつけさせる。思う存分情報収集と証拠を集めてくるのだ。頼んだぞ』
(無茶苦茶すぎる……本当に……)
インフェルノは陽動のために例の商人の家に突入し、公爵の目をコッチに向けさせないように動いている。
実際は無人の館だが、まだ商人が捕まったことをダグドールは知らない。という体での作戦だと。
「……」
どちらにせよ、今は自分がこの作戦の要。麻薬の件は早急に解決しないといけない。
プレッシャーと香水と酒に押しつぶされそうになりながら、ラヴィベルトはグラスを片手にあるき始める。
目指すはダグドール本人。ではなくその周りにいる前王派の者たち。
狙うは騎手ではなくその馬。確実に落とす方向で行かなくていけない。
「失礼。ウール子爵殿。ハンカチーフを落とされましたよ」
「おや、ジャーズ男爵のところの……申し訳ないですな」
「いえ。それにしても素晴らしいハンカチーフですね。細かい刺繍です。これは家紋のヴァイオレットですね」
「ええ、そうです。これは私の家内が刺繍したもので。お恥ずかしながら私の宝です」
「素晴らしいではないですか。この一針一針に愛情が伝わってきますよ」
ウール子爵は愛妻家で有名であり、その夫人は刺繍の技術で有名。声をかける直前、ラヴィベルトはそのハンカチーフをくすねていた。
愛情、という言葉に気を良くしたウール子爵にラヴィベルトは酒の入ったグラスを渡す。ウール子爵の好きな、白ワインのグラスを。
「ハッハッハ! お上手ですな! おおっと、ありがとうございます」
「そんな子爵殿に少しご相談があるのですがどうでしょう? そこの談話室で話すというのは」
指を指したのはテラスに近い談話室。広々とした部屋であり、明かり一つないその部屋に誰もいないことがわかる。
「ええ構いませんとも。しかし高潔で名高いラヴィベルト殿が私に一体何の相談を?」
「お恥ずかしながら私個人の相談でして。愛妻家として有名なウール子爵にしかできない相談事なのです」
「ほう……」
愛妻家として。そんな言葉を使われたウール子爵は、まじまじとラヴィベルトの顔を見た後、ニッコリと笑みを浮かべた。
その笑みに、ラヴィベルトは微笑みを返す。表情筋が固いせいか、そこまで変わっているようには見えないが。
「なるほどなるほど! それは確かにここでは話せないことですなぁ! わかりました、行きましょうか」
「ありがとうございます」
ちょろいな。ラヴィベルトはご機嫌に先行くウール子爵の後ろでひっそりとほくそ笑んだ。
****
「それで、今悩んでいるのは縁談のことでして……あれほど素晴らしい夫人と結婚できた方だ。なにか良き助言をいただけませんか」
もちろん、この話は嘘である。縁談の話なんて一切ないし、父からは諦められていると言っても過言ではない。
こんな嘘。少し考えれば引っかかるものだが、酒の回った頭で何処まで考えられるのか。そのうえこの部屋はほぼ密閉である。
「ほほー。やはり皆そこに悩むものですな」
「ええ、私は男爵家を継ぎますから。そのときには良き妻をと思っております」
「妻は夫を支えるこそ誉。そうですなぁ、私が家内と出会ったときはそれはそれは……」
この後約一時間、ウール子爵の馴れ初め話をノンストップで聞かされたラヴィベルト。話の半分以上は聞き流していた。
「それでですね」
「なるほど。ウール子爵がそれほどの良縁に恵まれたのか。正直嫉妬するぐらいには羨ましいと思いましたよ。良い参考になりました」
「お上手ですねラヴィベルト殿。しかしラヴィベルト殿がそう悩まなくとも良い縁ならあるのでは?」
「そうですね。……しかしこの戦争で、多くのものを失った。未亡人となってしまった女性たちも多いでしょう」
暗い表情で、亡くなった夫に嘆き悲しむ女性たちを憂うラヴィベルトに、ウール子爵は痛ましげにうなずく。
「ああ、そうですな。私もあの戦場に立った。だからこそわかるものがある。あそこは、地獄そのものでした」
「そうでしたか。まさかあの戦場に」
「……あそこは人の立っていい場所ではない。もう二度と、作ってはならない。ラヴィベルト殿も、そうは思いませんか」
「勿論です。またあのような戦争を引き起こすわけには行かない」
真摯に言うラヴィベルトの顔をじっと見たウール子爵は、一つの手紙をラヴィベルトに差し出す。
「ときにラヴィベルト殿。貴殿は現国王であるセルシオ陛下に思うところがある。違いますか?」
「……それはどういうことで?」
「貴殿もわかっているはずです。セルシオ陛下の横暴さを。自分を肯定するだけの無能な臣下ばかりを置き、あまつさえあの英雄を王家補佐にするなど!」
(ああ、やはり……)
「あの英雄を置くということは、他国への威圧になりましょう! それを宣戦布告と受け取る国が出てもおかしくはない! しかし陛下はバンクルット宰相閣下の言葉に聞く耳を持たなかった! ならばどうするべきか」
麻薬で弱った民。こうなったことに対する対処が遅れた騎士団。そしてその統括たる英雄。
その英雄を王家補佐にするという、無能な考えのもと押し通したセルシオ。
ピースは揃いすぎたのだ。不満を募らす、そのピースを。
「今こそ、真に国を思う我らがこの国を正すべきだとは思わんかね?」
「……」
誰もがまだ、あの戦争で傷ついたままでいる。戦争は終わった。しかし、傷はまだ埋まっていない。
「ええ、私も同じ気持ちです」
(――それでも俺は、この国を混乱させることが正しいだなんて思ってはない)
手を取り合い、そして差し出された手紙を受け取ったラヴィベルト。
その心のうちは彼以外知らない。
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