第11話「裏切り者」

「もうタルタロスが動いているだと……?」

「はい、それらしき目撃情報が。それと王城でも動きが」

「……」


 彼らは闇商人。例の麻薬、魔法の粉アルユを売りさばいているルートの一つだ。

 そんな彼らに激震が走る。商人にとって情報は命。

 かの戦争を勝利に導いた英雄の影が動いている。後ろめたい者たちが、これで動揺しないはずがなく。


「すぐにここから去るぞ。撤退の準備をし」

「あらぁ、いやねぇ。もうここから去ってしまうなんて」

「!?」


 扉の前に立つ、黒く扇情的な姿の女。顔はほとんど隠れているが、わずかに見える目が猫のように細まっている。

 おかしい。扉の前には見張り役が……それにどうやってここに入ってきたんだ。商人の男は気づきたくもない事実に気づきそうになりながら、嗤う女を睨みつける。


「やだ、そんなに見つめられたらあたしの体に穴が空いちゃうじゃない」

「貴様っ、何処から入った!?」


 逃げなくてはならない。今すぐ、この女を殺して。


「何処から? そんなの決まっているじゃない。正面から、よ」


 ゾクッと走る悪寒。商人の男は見誤ってしまった。

 逃げなくては、ではない。もう逃げるべきだった。目の前の女が来る前に。

 扉から薫る血の匂い。見えた誰かの手。ここまで騒いでいるのに誰も来ないなんて、おかしいと思うべきだった。


「一緒に来てもらうわよ。地獄まで」


 すぐ耳元で聞こえた女の甘く低い声。その瞬間感じた首への強い衝撃で男はなすすべもなく床に倒れ伏した。


 ****


 倒れ伏す商人の男を縛り、女は部屋にある重要な書類を詰め込んでいた。

 女はひどく上機嫌そうに鼻歌を歌い、足取りは軽いものだった。


「さーって! これで尻尾を掴めたんじゃない? あたしインフェルノ様に褒めてもらえるかも!」


 インフェルノは良い上司だが、褒めることは少ない。だからこそインフェルノの部下たちはその貴重なデレを見るためだけに、このように頑張るのだ。


「阿呆。これ程度でインフェルノ様が褒めるわけ無いだろ、ラスト」

「チッ、ブライト! なんでここにいるのよ。管轄はここじゃないでしょ!」


 後ろから聞こえた男の声にラストと呼ばれた女が振り向く。タルタロスの首領、ブライトを見て舌打ちをかました。


「俺の方はもうとっくに終わったに決まっているだろう。俺の方は外れだ。そっちは」

「当たりよ。この男が闇市に流通していたアルユを流した元ね。随分とあっけなかったけど」


 気絶する男の顔を踏みるけながら、女はフンと鼻を鳴らす。


「……たしかに呆気なさすぎるな。尻尾切りじゃなければいいが」

「あたしとしては、そっちのほうが大きい気もするけどねぇ。なんにしても、こんなに用意周到ならやっぱり……」

「ああ、確実に裏切り者がいるな」


 タルタロスの二人は男を睨みつけるようにし、暗闇に溶けるように消えていく。

 闇商人の館にはもう、生きているものは誰もいない。


 ****


「タルタロスの二人が、闇市の大本を掴んだようです。ただいま商人男を尋問中のこと」

「流石だ、仕事が速いな」

「ええ。そして厄介なものが陛下の敵に」


 紅茶を含みながら、セルシオは報告書に目を通す。

 闇商人の館には契約書とともに魔法の粉アルユが大量に発見された。

 そこに書いてある名は、ダグドール。チェックリストからブラックリストに載る公爵家の名前だった。


「ダグドールは前王派筆頭。前王派の者たちの蜂起。と考えるべきでしょうか」

「じわじわと国を腐らせ、余の王政に不満を持たせてクーデター。そう考えるのが自然だな」

「しかしあの商人の男からはそこまでの情報は手に入れることは難しいでしょう。ですが、これで誰が敵なのかはっきりしましたね」


 前王派となれば誰が敵なのかが絞れる。だがそれには問題があった。


「私が動きすぎると相手に察知されます」

「そうだな。お前は余の忠実なる忠臣。向こうに察知されれば芽を逃すだろう」

「となると私の部下もいけませんね。あれはバ……単純なので」

「言い直してもひどいぞ。そうだな、お前の部下というだけで警戒される」

「なら前王派と思われやすく、なおかつこちら側のスパイのように思わせられる人物が最適ですね」


 なかなかに無理難題だぞ、それは。セルシオは簡単に言いのけるインフェルノに苦笑を漏らす。


「そんな都合のいいものがここにいるわけ」

「閣下、陛下。失礼します」


 だが、それはあんが直ぐ側にいた。

 部屋に入ってきたのは、追加の報告書を持ってきたラヴィベルト。セルシオ嫌いで有名な、尚且インフェルノの部下の中ではまだ新人の男。


「「……」」


 インフェルノもセルシオも、入ってきたラヴィベルトをじっと見つめる。

 その熱い視線にラヴィベルトはたじろいだ。


「えっと、何でしょうか。嫌な予感がするのですが」


 報告書だけ渡して帰りたそうにするラヴィベルトの背後に回ったインフェルノはその肩をつかむ。

 その速さ、掴む握力にラヴィベルトの額に冷や汗が流れた。


 ああ、逃げときゃよかった。と。


「ラヴィベルト。貴様、舞踏会に行くことがたまにあるそうだな。ジャーズ男爵家嫡子として」

「そう、ですね……。あの閣下、なぜ肩を掴む力を強く」

「その上でだラヴィベルト。お主は寡黙で義理堅く真面目。民を思う心もある忠義の高い男だとか」

「は、はぁ。そう言われているようで……あの陛下、なぜこちらに近づいてくるのですか」


 ジリジリと、ほほ笑みを浮かべて近づいてくるセルシオにラヴィベルトの顔は引きつっていく。

 逃げることなんてかなわない。英雄に捕まって逃げれる存在など、今この場には誰もいないのだから。


「ラヴィベルト。お前にやってもらいたいことがある」

「あの、閣下近いです。すぐ耳元で囁くのやめてもらっても」

「そうか、引き受けてくれるか。それは頼もしいな」

「まだなにも言ってはいないのですが、多分これ拒否権最初からないですよね?」


 正解である。端からラヴィベルトの意見など、二人は聞いてない。


「今回は国家の一大事だ。必ずやり遂げてもらうぞ、ラヴィベルト。敵の懐に入ってもらうぞ」

「は? あっ、いえどういうことで……」


 ニヤリと、セルシオの顔があくどいものに変わった。

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