第8話「名君と暗君」
タルタロスの首領、ブライトからの報告により、インフェルノはセルシオのところに向かっていった。
一刻も早い解決。そう言われたインフェルノが起こす行動としてはおかしくはないだろう。その横にラヴィベルトを連れている。
「もう情報を集めたのですか?」
「まだ一部のみだがな」
一部でも相当な情報量だ……。ラヴィベルトは聞いたタルタロスという組織の有能さに舌を巻く。これが情報に強いインフェルノの強さかと納得もした。
だが同時に、ラヴィベルトは先を歩くインフェルノに疑問を持った。
「それを俺に話しても良いのですか? もし俺が前王派だったら」
まだ新参のラヴィベルトにこんな重要な情報を流して。もし自分が裏切り者だったらどうするのかと、インフェルノに聞く。
それにセルシオ嫌いで有名な自分を前王派としてみないなんて、とラヴィベルトはインフェルノの迂闊さにも少し苦言を言いたくなった。
もちろんラヴィベルトは前王派ではない。たとえセルシオが嫌いでも自分の職務は全うするし、国に仇なすことなど絶対にしない。
インフェルノはそんなラヴィベルトに近づき、そっとその目を覗き見る。仮面の奥にある琥珀の目がしっかりとラヴィベルトを映した。
「もしそうだとしても、陛下に仇なすものすべてを消す。それだけだ。……それに、私はこれでも人を見る目はあるのでな、お前がそういうことをするとは思えん」
「えっ」
最初までの言葉に、相変わらず陛下が全てな方だと思っていたラヴィベルトは驚く。
なんだかこの人のそばにいて驚くばかりだと冷静な部分が苦笑を漏らすが、その少し赤くなった顔にインフェルノが笑った気がした。
「行くぞ。陛下を待たせるわけには行かない」
「っはい」
今インフェルノが仮面を被っていることがとても残念だ。ラヴィベルトがそう思っていることなど知らないであろうインフェルノの後ろ姿を見て、赤面した顔を袖で擦った。
****
「……なるほど。余を排除しようとする前王派の者たちの仕業。そう考えているのだなインフェルノは」
「はい陛下。その可能性は高いと見て間違いないかと。しかし」
「わかっている。どうにも出来すぎた話だな。なによりも動きが早すぎる。インフェルノの影が把握できないのも妙だ」
セルシオと同じ考えに至っているインフェルノは、その言葉に相槌を打つ。
どう考えても行動が早く、タルタロスの全勢力を持ってしてもいまだにその出処が掴めていない。
この小さな国で犯人は高位の貴族の可能性があるというのに、把握できていないのは不自然であった。
「どうにもこの話、内部とは言えそれだけではないような気がする。裏で糸を引くものがいるな」
「まだ仮の話ですが、警戒は必要でしょう。我が団には王都の警備。他の者達にも民衆の動きと闇市の動きを見張るよう徹底させます」
「ああ、頼むぞインフェルノ。今のこの国に、少しでも問題を起こさせるわけには行かない。まだこの国は戦争から立ち直ってないのだから」
目を伏せ、民を思う王のようにセルシオは書類に目を向ける。
この国は確かに勝った。しかし失ったものは、鉱山などでどうにかなるものではなかった。それを痛いほどセルシオはわかっている。
「はい」
だからこそ、インフェルノは最期までこの幼い王のために戦い続けるのだと誓ったのだ。
****
「ラヴィベルト。少し席を外してくれ。他の者もだ」
話し合いが終わり、インフェルノが部屋を出ようと席を立った時。セルシオがそれを止めた。
「はい」
「……」
インフェルノがまた席を座ったのを見て、ラヴィベルトとその他のものが部屋から出る。部屋を閉じる直前まで、セルシオの硬い表情は解かれなかった。
そして部屋は完全に閉じられた瞬間、その硬い表情は氷が溶けるかのように少年のあどけない表情に変わる。
「あ”ーーーーー、まじか公爵家がなぁーーーー」
柔らかいソファに凭れるようにしてセルシオが呻く。悲痛とまでは行かないがストレスで死にそうな顔ではあった。
「陛下、お疲れさまです。しかしそんな下町で使われるような言葉を……誰が聞いてるのかもわかりませんのに」
「お前がいてそんな失敗があるとでも? お前とバンクルット以外の前でそんな事しないから、インフェルノまで固いこと言うな」
げっそりとしたセルシオにこれ以上インフェルノがなにか言えるまでもなく。セルシオのために紅茶をいれ始めた。
「というか今こんな事するか? もう少し後でもいいだろ」
「今が絶好だというのは、誰もがわかることですからね」
「だよなぁ……まだ決まったわけじゃないけど、広まり方から見て内部だってのは間違いないんだよなぁ……」
「ええ、しかもこの戦争で疲れ切ったこの国でこんな真似ができるのはほんの少数でしょう。まだ確定はできませんが、公爵家が関わっているのならタルタロスが把握できないのも無理ないかと」
「最悪だ……」
紅茶をセルシオに出し、インフェルノは再び席に座りながらこれからのことを考える。
「とにかくとして、これ以上広まらないようにしなくてはなりません。麻薬は侮れませんから」
「東国の国、
麻薬で腐敗した民衆。戦う力を根こそぎ奪われた東の国を思い出し、セルシオは眉間にシワを寄せる。
今同じようなことが起きようとする前に、なんとしてでも止めないといけない。
「余の治世に不満を持つものは多い。当然だ。父上は名君だったからな。それに比べれば余は暗君だろう」
今回の裏切りも、セルシオに対する不満からだ。前王のときには起きなかったようなことが自分に起きて、セルシオは自傷気味に笑う。
それに対して不満を持ったのは、仮面をかぶる英雄だった。
「陛下。私は今回のことを、貴方様のせいだと思ってはいません。なにもわからない無能共が勝手に引き起こしただけ。たったそれだけなのです」
「インフェルノ……」
「御自分を誇ってください、陛下。貴方様は、私が真に忠義を尽くすべき相手だと思ったお方。そんな貴方様が暗君なはずがありません」
セルシオは、たしかにインフェルノを無理やり王家補佐にしてしまうぐらいには格式を知らず、幼い。
しかしそれらすべてが間違っているなど、インフェルノは微塵も思ってはいない。
わからないのなら学べばいい。無知は罪だが、学ぼうとしている。
本当の罪は、学ばずにいる愚者のあり方なのだから。
「……わかっている。余は、お前がくれた忠義を裏切らない王になるとあのときに決めたのだからな」
セルシオは凭れる体を起こし、王毅然とした態度でインフェルノに微笑む。
「余はお前たちとともに覇道を征くぞ。インフェルノ、お前はそれを最前線で見ているんだな。だからこそその前に、余の道を邪魔する者を排除せよ」
インフェルノは仮面の下で微笑む。あれほど若かった王子は、いつの間にかこんなにも成長していたのだと。
「仰せのままに、我が王よ」
ならばその成長を最前線で見なければならない。その為に、国にある膿を絞り切り、囀る蛆を潰さなくてはとインフェルノは部屋を出ていった。
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