第6話「魔法の粉アルユ」

「陛下、インフェルノでございます」

「入れ」

「失礼します。……バンクルット宰相閣下」


 部屋に入ってきたインフェルノ。部屋に入って驚いたのは、セルシオの他に鋭い目をしたバンクルットがいたことだった。

 そしてセルシオのだらけきった姿を見て、インフェルノは心得たと言わんばかりに一つ頷いた。


「サボりですか、陛下」

「断じて違う。この石頭がさっきからワーワーとやかましいだけだ」

「陛下! もう貴方様はそうしていることが許されないのですぞ! もっとシャキッとしなされ!」

「あ”ーもーうるさいぞバンクルット! ちゃんと外ではしているではないか!」


 先程までの王毅然とした態度は消え、反抗期の少年特有の態度でバンクルットの言葉から耳をふさぐセルシオ。

 これがセルシオの本当の姿。ラヴィベルトの前でしっかりしていたのは、ラヴィベルトから嫌われていることを知っていたからに違いない。

 本来のセルシオはインフェルノを王家補佐役に無理やりさせた通りの人なのだ。


「陛下。それで私を呼び出した理由についてお聞きしても?」

「それはバンクルットに聞け」

「全く。インフェルノよ、先程陛下から聞いたと思うが国境付近で燻っていた賊共は出立した第一騎士団によって潰されるのであろう?」

「はい。動ける部下300を連れ、ビテンド将軍が向かいました」


 ビテンド・ファルムデガルド。優秀な騎士であり、勇猛果敢と言われる男。

 先の戦争でもインフェルノに次ぐ武勲を立て、その勇猛さは国中に轟いている。

 しかし血筋も貴族でありながらなぜビテンドが王家補佐役に選ばれなかったのか。それは彼の性格にある。

 ビテンドは超がつくほどの、脳筋だった。戦いのこと以外はからっきしでサッパリとした性格。そして野心があっても狡猾になるすべはなくいつも副官にしばかれている。


 故に、ビテンドはそのさっぱりして特に考えない性格のため普通に国境へと向かっていったのだった。

「向こうでのお土産を買ってこよう! 鹿の皮とかな!」そんな言葉をインフェルノに残して。


「反発などがないのはいいことだが、あやつの副官は苦労するな」

「そうだなぁ。だが余としてはあれほど使いやすい人材もそう多くはない。派手に動いてくれるしな」


 インフェルノは正直ビテンドを羨ましく思っている。もしあんな性格だったのなら、きっと政治に関与することはなく国境の方に行けただろうと、ちょっとした羨望の眼差しでビテンドを見ているのをインフェルノは秘密にしているが。


 それよりも、インフェルノは別のことに引っかかった。


「陛下、宰相閣下。派手に、ということは国内でなにか?」

「そのとおりじゃインフェルノ。最近、国中であるものが出回り始めている」

「インフェルノ、魔法の粉アルユを知っているか?」


 セルシオは薬包紙を出し、インフェルノの方に投げる。それをとったインフェルノは薬包紙の中にある茶色い粉に眉を顰めた。

 特有の甘い匂い。指に付く丁寧にすり潰された粉を裾で拭い、不快そうな声で尋ねる。


「これは名前からして、まさか麻薬ですか」

「うむ、お主が王家補佐役となってから急激に闇市で回り始めたものじゃ」

「麻薬とは……厄介ですね」


 麻薬に絡む利権は、国家としても看過できないものがある。特に麻薬による国内の治安悪化。人的資源の低下。

 戦争が終わったばかりで疲弊したこの国にとって、麻薬は大きな打撃になる。

 だが麻薬の最も厄介な点は、依存性にある。麻薬の禁断症状は麻薬を使ったすべてのものが克服できるものではない。

 確実に国を腐らせるまさに死と破壊の魔法の粉。それが麻薬。


 その有害性をよく知るインフェルノは、今知る限りで出回る麻薬の総量を見て頭を抱えた。王都人口の約二割は麻薬を使用していることがわかっているのだから。


「ああ、しかもこの時期に出回るなんて不自然極まりない。そしてその広まる速さもだ。そこでインフェルノ、お前に王家補佐役としての初めての仕事だ」

「何なりと陛下」

「今回の麻薬の出どころを調べろ。この問題は早急に解決せねばならない。王家補佐役としての権限を存分に使い、この魔法の粉とやらを燃やせ」


 お前の、煉獄の炎でな。

 セルシオの貫くような碧い目に、インフェルノは目を瞑る。

 そうして瞼の裏で思い出すのはセルシオの出会いと、その誓いだった。


 目を開くインフェルノ。その琥珀の瞳に、煉獄の炎を宿して。


「私のこの心臓にかけて。――陛下の覇道を邪魔するすべてのものを必ずや、私が燃やし尽くしましょう。栄光は、すべて貴方様のものでございます」


 こうして英雄レディ インフェルノの本来の力が動き始めた。


 ****


「インフェルノ閣下。どうやら閣下の予想通り、アルユは王都に集中してばらまかれているようです」

「やはり、な」


 数日の調査の報告書を提出したラヴィベルト。それに報告書に目を通し、インフェルノは冷たい声でつぶやく。

 インフェルノはセルシオにアルユの話を聞いたときから、麻薬は王都を中心にばらまかれていると予想をしていた。

 その理由は国境付近の残党軍の派手な動き。そして優秀な部下たちからの話だった。



『エース。このクッキーに入っているものは』

『辺境伯からの晩餐会のまえに使用人から出されたものです。茶色の、独特の甘い匂いのするものでして』


 甘いものは嗜好品。この冬の国であるレキシアではなおさら高価なもの。

 当然、賊を倒したという理由で出されてもおかしくはない代物だが騎士に送るにはいささかおかしなものだった。


『だが、辺境伯はそんな物を渡した覚えはないと。そうだな?』

『そうです隊長。クッキーを少量食べたビテンド将軍の部下の様子がおかしくって。聞いてみたら辺境伯が送ったは甘味ではなく織物だと』

『クッキーを持ってきた使用人は?』

『死んでました。残念ながら尻尾を切られましたねぇ』


 エースは肩を竦ませてため息をつく。幸いにもビテンドの部下は禁断症状も抜け療養すれば後遺症もないらしい。

 が、インフェルノはこのことに静かに激怒した。


「これは、私に対する宣戦布告……ということだな」


 報告書を机に置き、おどろおどろしい声でつぶやくインフェルノにラヴィベルトは小さく震える。

 使用人が渡してきたクッキーは、第一騎士団のみに配られていたそう。それをがビテンドの部下にも渡し事により露見した。

 そう、狙いは始めっから第一騎士団だったのだ。


 そしてそれはすなわちインフェルノへの宣戦布告に他ならず、インフェルノはその目を鋭く光らせた。


 どうやらこの国でまだ、地獄の煉獄と殺し合いをしたい者がいるらしい、と。

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