第5話「最強騎士団、煉獄」

 インフェルノが率いる者たちは皆、類まれなる強さと勇猛さで有名であるが、それよりも有名なのはその過半数がという点だ。

 敵の捕虜、殺人鬼、暗殺者。それらすべてを言えば、その団だけで犯罪のオンパレード。優秀とは言え、曲者どころの話ではない。


「テメェら!! 今日こそ隊長をぶっ殺すぞ!!」

『おおおおおおおお!!!!!!』

「……」


 そんな個性の煮凝りのような団員をまとめるのが、最強を謳われる英雄。

 仮面をかぶり素性不明というこの中で最も個性の強い英雄は、そんな個性溢れる団員を集めそして、


 人の山を築いていた。


「これ程度か?」


 息が上がることも、汗を流すことも無く平然とその場にたっているインフェルノ。

 先程「ぶっ殺す」などと叫んでいた何十といた大男を女の細腕とも思えない剛力で吹き飛ばす。もはやそれは蹂躙だった。その光景を、ラヴィベルトはずっと見ていた。


「嘘だろ……」


 最強の騎士団、煉獄。その最強の騎士たちが、たった数十分で潰される。

 思わず、といった様子でつぶやくラヴィベルト。しかし何度目を擦ったところでその光景が変わることはない。

 英雄レディ インフェルノは最強の騎士。それを改めて実感するラヴィベルトは思う。


 もしこれが敵であったのなら、一体どれほどの恐怖を煽ることになるのだろうか、と。


「だから……地獄インフェルノ、か」


 噂で聞いていた以上の強さ。見てしまえばわかるそれに喉を鳴らす。

 百聞は一見に如かずとはよく言う。戦うなど絶対にゴメンだと、ラヴィベルトは戦うのが自分でないことに安堵すると同時に、そんな相手に喧嘩を売ってしまったことに肝を冷やす。


「戦争帰りで気が緩んだか? 我が国の最強の矛である団員がこのザマとは情けない。これでよく私に勝つなどと言えたものだな。……その性根、この私が直々に叩き直してくれる。外周2百、行って来い」


 そんなインフェルノは倒れ伏す部下にを浴びせていた。おかげで大の男の厳つい顔は子犬のように変わり、元来童顔のエースも可哀想なほどの涙目になっている。

 子犬たちは一発殴るとまで豪語した相手に叱咤されながら外周に向かっていった。


「インフェルノ」


 そんな恐怖の代名詞とも言えるような威圧を振りかざすインフェルノに、若い少年の声が響く。

 訓練所の砂利を踏みしめながら来たのは、金の美しい絹髪に厳格でありながら優雅に細工された王冠。細かい刺繍を施した高価な服に身を包み、ほほ笑みを浮かべて輝く碧い瞳。

 インフェルノのが主、セルシオだ。


「陛下、ご機嫌麗しゅう」

「よい、余とそなたの仲であろう。楽にせよ」


 姿勢を正すインフェルノを止め、セルシオは外周を走る第一騎士団の兵士たちを見てため息をつく。


「机仕事をしていてもその力は健在、ということか。頼もしいが士気にも関わる。あまり手ひどくやってくれるなよ」

「お心遣い感謝いたします陛下。しかし我が団がこれ程度で落ちぶれることなどありません。むしろ国の番犬であり矛たる第一騎士団の騎士でありながら戦争帰りで緩むなどと、そちらのほうが問題でしょう」

「……ま、お主がそういうのであればこれ以上の口出しはせぬ。しかし、お主は本当に厳しいな」


 諦観するセルシオ。その印象は噂に聞くような幼稚さはなく、そのことにわずかばかり驚かされるラヴィベルト。

 噂は本当に当てにならない。噂に案外踊らされる自分を恥じ、ラヴィベルト少しだけセルシオの評価を見直した。


「それで陛下。なに用でこちらに?」

「お主が久方ぶりに訓練場にいると聞いてな。模擬戦をしていたそうなのだから見に来たが、もう終わっていたようだ」

「そうですね。陛下、ここで立ち話はなんです。寒さもありますし、部屋に入りましょう」

「うむ」


 山から流れる北風にインフェルノが提案をする。インフェルノは部下にそのまま鍛錬をするように命じた後、セルシオの横を歩いた。

 部屋に付き、使用人に紅茶を出させた後、インフェルノはすぐさまラヴィベルト以外の人間を下がらせ、改めてセルシオに向き合った。


「それで陛下。改めてお聞きしましょう。なんの問題が起きたのです」

「……相変わらずの嗅覚の鋭さだ。断定してくるとはな」


 紅茶を一口含みセルシオは苦笑いを浮かべる。そして真剣な顔つきになったセルシオはある一枚の書類を出した。


「拝見します。……これは」


 顔が見えればきっと眉間にシワを寄せていたに違いないだろう。そう断言できるほどの低い声を出すインフェルノにセルシオは頷いた。


「ああ、国境付近で連合王国の残党と思われる輩がどうやら悪さをしているみたいだ」

「なるほど。国境守備隊は先の戦争で疲れ切っている。対応が遅れているということですね」

「そのとおり。お主がいてまだ我が国に喧嘩をふっかけるなどという愚行をするほどの阿呆とも思わなかったが、これはそう楽観視できる問題ではない。敗戦国風情が我が国にミソをつけた。これは由々しき事態だ」

「はい、全くそのとおりかと。しかしほか方面軍は先の戦いの消耗が激しい。すぐに第一騎士団を向かわせ、黙らせてきます。指揮官は……」

「ビテンド将軍が指揮を取ることになっている。お主は戦に出るよりも先に、連合王国への戦後処理の方を進めてもらうからな」


 真剣な顔つきから一転。ジトッとした目つきになるセルシオに、インフェルノは珍しく体を揺らす。

 あのインフェルノが動揺している。そのことに驚くラヴィベルトに、セルシオが目を向けた。


「ラヴィベルト・ジャーズ。お主のことも聞いておる。その才覚、余の懐刀たるインフェルノとこの国のため惜しみなく使うのだ。良いな?」

「はっ」

「ではインフェルノ。あとで余のところにこい。間違っても国境に行ったりなど、ないな?」


 ニヤリと、威厳あふれる顔から少年がイタズラでもしたかのような幼い表情を浮かべ、セルシオは部屋から出ていく。

 なんやかんやで行こうとしていたインフェルノはこれで逃げ道を封じられた。そのことに小さくため息を付き、仮面の下で苦笑を漏らしたのだった。


 しかし、インフェルノもセルシオもまだ知らない。今回のこの小さな事件が、どのような意味をもたらすのか。インフェルノが国の摂政と同じ権力を持つことによる、貴族たちへの影響。


 国境付近にくすぶっていた炎はしばらくして煉獄の騎士達によって消された。しかしその残り火は着々とこのレキシアに広がっている。


 内部の腐敗という、最悪の炎をもって。

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