第4話「曲者ぞろいの王国第一騎士団」

 ぼーっと、インフェルノの髪が揺れるのをじっと見ていたラヴィベルトに、インフェルノは仮面を被っているというのにわかりやすく不審そうな気配を出した。


「なんだ?」

「い、いえ。失礼しました閣下」


 堅物だと同僚からからかわれていた自分が、まさか一目奪われるとは思わなかった。

 ラヴィベルトはあのインフェルノに惚ける自分が恥ずかしく、キッと眉間にシワを寄せて睨むような形でインフェルノを改めて見る。


 あの儚いような、けどどこか一太刀の剣のように鋭い気配は獅子を目の前にしたかのようなプレッシャーに変わっている。

 これが国を救った英雄。そう言わしめんばかりの威圧にラヴィベルトのまだ何処か惚けた思考が冷えていった。


「さて、ラヴィベルト。貴殿には通達したように、私の補佐としての職務に入ってもらう。異存はないな?」

「かしこまりました閣下」


 異存など、このインフェルノを前にして言えるものなど数えるほどしかいない。文官ならば立っているだけでも褒められるものだ。

 表情など一切わからないインフェルノを前に、ラヴィベルトは息をするのにも緊張があふれる。

 この人が廊下を歩くだけで文官は気絶する。その馬鹿げた噂話は誇張ではないのだと、ラヴィベルトは冷や汗を流した。


 そんなラヴィベルトの緊張を知らずに、インフェルノはさっさと仕事をラヴィベルトに渡し書類に目を通し始めていく。

 無関心。その言葉が似合うような、そんな態度にラヴィベルトは多少なりともムッとした。


 ラヴィベルトが有名なほどセルシオが嫌いであることは、ルルトの報告書を見て知っているはずなのに。少なからずラヴィベルトは何かしらのアクションを起こすと思っていた。

 なにせインフェルノのセルシオに対する忠誠心は、ラヴィベルトのセルシオ嫌いよりも有名な話。インフェルノは王家だけではなく、セルシオ個人にも忠誠を誓っているという噂話は少なからず、ラヴィベルトの耳にもよく入っていた。


 だからこそ、か。


「……閣下は、なぜ陛下にそれほどまでの忠誠をお持ちなのです?」

「言う必要があるものなのか」


 書類から目を離すことなくそう告げたインフェルノに、ラヴィベルトは静かにうなずく。

 この質問は何百と繰り返されたインフェルノは、またか以外の感想が出てこない。

 それに報告書を目にしたインフェルノはラヴィベルトの事をよく知っている。聞いてくるだろうとは思っていたが、ここまで直接的に聞くとは思わなかったと書類から顔を上げる。


「陛下は、あの若さのせいか前王派の者たちからは舐められている。青二才の小僧と」

「……それは仕方ないのでは? 実際に格式を知らない陛下は、閣下に無理難題を」

「無理難題。というのであれば前国王陛下もまた同じ。これ程度ならまだ可愛いものだ」


 甘い。何という甘さだ。

 その威圧による恐怖よりもその甘い判断からラヴィベルトの目つきは鋭くなる。

 確かに戦争帰りの英雄が言う無理難題は、ラヴィベルトだって承知の上。しかし今回の「王家補佐」はそれとは比べ物にならない。

 補佐とは言え王族と同じ権力を握るインフェルノ。それはもはや国の顔として機能するだろう。

 この国に英雄がいる限り、誰もこの国に手を出せない。そう言うのと同じだ。

 それを他国がどう取るか想像に難くない。


「閣下。失礼を承知で言わせていたただ来ますが、今回の陛下のご判断はあまりにも無謀! 他国に戦意ありと取られれば、今のこの国がどうなるのかわかっているでしょう? それを陛下はっ」


 これ以上先の言葉を、ラヴィベルトは言うことができなかった。

 仮面の奥から見える琥珀色の目が、心做しか黄金のように鋭くなる。さっきまでは自然としてながれていた威圧が、殺気混じりとなって空気を重たくさせた。


「黙れ」


 たったの一言。その一言だけで、ラヴィベルトのセルシオ嫌いなどどうでも良くなるほどの命の危機を感じた。


「私は、私の意思で陛下に忠誠を誓い従っている。貴様にどうこう言われる筋合いはない。……次に陛下を侮辱するのであれば、貴様の敵はこの私になることを忘れるな」

「ぁ、……い」


 返事ができただけで立派だろう。これ以上なにかを言おうものなら胴体と首は別れる。そんな想像をするのは難くない。

 インフェルノがセルシオを侮辱したもの全員を凍らせた。馬鹿げたその話がまた嘘でないことを知るラヴィベルト。


「……」

「……」


 空気が最悪なまでに凍りつき、書類仕事どころではなくなったラヴィベルトを救うかのように、扉がノックもなしに開かれる。

 現れたのは、子犬のような顔をしたヘラヘラとした騎士の男だった。


「あっれー? 隊長ってばまさかまた新人でもいびりましたぁー?」

「していない」


 空気の読めないセリフ。この状況に似合わない表情にラヴィベルトはぎょっとした。

 そのラヴィベルトを見て騎士の男はあっと声を上げる。


「お前ってさっき眉間を山脈のようにして廊下歩いていた文官じゃん。やっぱり隊長の客人でしたかぁ」


 そう言ってラヴィベルトの顔を覗き込む男の隊服に刺繍された紅い糸と煉獄。王国第一騎士団のものだった。


「エース。ノックをしろと再三いったはずだが」

「んー? ごめんなさい隊長」


 キュルルンという効果音が聞こえそうな表情で椅子に座るインフェルノをみるエースに、インフェルノは静かに書類を机に置く。


「それと、私はもう隊長ではない。規律が乱れる」

「えー、でもオレにとっては隊長は隊長だもん。それ以外で呼ぶなんてオレは嫌でーす」

「……全く、貴様のその性格はどうにかしないとな。30の男が「だもん」などと」

「さ、30!?」


 この童顔の男が自分よりも年上。その事実に思わずあのラヴィベルトが声を上げた。


「全く見えない……」

「ちょっと隊長! オレの年齢は秘密だって言ってんじゃん!」

「そんな約束をした覚えは私にはない。それよりもなにしに来た」


 全く自分を取り繕ってくれないインフェルノに文句を言うエース。これがインフェルノとともに戦った兵士かと、ラヴィベルトは目をみはる。


「なにって、訓練のお時間だから迎えに来てあげたんですよ隊長。今日は隊長との模擬戦の日でしょ?」

「……ああ、そうだったな」

「くひひ、机にばかり向かっている隊長は今回こそ一本取られるのではないですかぁー?」

「ふっ、貴様らがそこまで優秀になっているのなら私の憂いもなくなるだろうな」


 煽るエースにサラリと躱すインフェルノが立ち上がる。軋んだ音がなり、優雅に歩くインフェルノは思い出したかのようにラヴィベルトに視線を向けた。


「ラヴィベルト。貴殿も我が団と関わることが多くなろう。ついてこい」

「は、はい」

「えぇー、いいなぁ。オレそんな事言われた覚えないんですけど? なんか優しくありません?」

「黙れ、さっさと歩け」


 さっきまでと変わらずの威圧。それを向けられても平然とするエース。

 そしてさっきの「優しい」という言葉に思わずむせそうになったラヴィベルトは先に歩くインフェルノに必死についていく。

 歩く最中、一体何処が優しいんだと頭を悩ませるラヴィベルトに答えるものはいない。


 そんな彼とともにこれから向かうは王国第一騎士団。あの奇人変人の曲者ぞろいと呼ばれた、インフェルノの団である。

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