第3話「英雄による優秀な部下探し」
そんなこんなで決まってしまった王家補佐役であるインフェルノは早速、優秀な文官探しと行くことになった。
何せ彼女は騎士。しかも騎士歴としては新人も新人なのだ。共に戦場を駆けた優秀な兵はいようとも、文官がいるはずは無い。
なら自分の部下にもやらせればいいのだが、その選択肢は彼女の中にはなかった。
インフェルノのは自分の部下たちの特性をよく理解している。
彼らは戦うことに関しては無類の強さを発揮するが、如何せん頭も体も筋肉で出来上がっていて、まず書類仕事に向いてはいない。
つまり、脳筋ということだ。
だが彼らは優秀な兵士。インフェルノの下す命令は忠実にこなし、なおかつ戦争が有利になるよう自分達で考えることは出来る。
だから完全な馬鹿では無いのだが、そんな彼らがひとたび書類を見れば頭を回し、あまつさえその剛力で書類を破いたり羽根ペンを折ってしまったりしてしまう。
書類整理どころか紙すらも持つことの出来ない。それがインフェルノの優秀な兵たちなのだ。
「……」
故に彼女は憤慨し、呆れていた。
まさか自分の部下がこんなにも机仕事に向いていないなんてと。
そして1人ぐらいは文官を迎えていればよかったと、自分に呆れる。
けれども彼女自身もまさかこんな地位に立つとは思わなかったので、今更考えても意味は無いのだが。
というわけで、今彼女は文官を向い入れるため、城の西側に来ていた。
基本王城は王族の住まう家でもあり公の場でもある。
そのため数多くのものが王城にいるのだが、文官と武官は東西両端に位置し、その距離は物理的にも遠い。
そして、インフェルノにとってはかなり近寄りたくない場所でもあった。
だが勘違いしないで欲しい。
端から端への移動自体、戦場を駆ける彼女にとっては苦痛でもなんでも無くそれ自体は別にいいのだ。
インフェルノがこの場所に近寄りたくない理由は単に、
「ヒッ!」
「なななっ……!」
この歩く度に突き刺さる恐怖の視線が目障りで仕方ないからに他ない。
戦争の英雄であるインフェルノに対してのこの態度、しかも王家補佐役であるインフェルノのは、国王に続いて二番目に偉い立場の人間だ。
むしろ褒め称えられ、尊敬の眼差しを向けているのが普通なのだが、その視線を向けるのは武官のみなのだ。
なにせインフェルノは戦場の最前線で戦っていたせいでわかってはいないが、彼女が出す威圧感は体を鍛えることはせずに机仕事をしている文官にはかなりきつく、それが威圧だとは気づかない文官はインフェルノを「近づいたらヤバい」の認識で止まっているのだ。
故に、彼女を文官の間では恐れの対象として見ており、誰も彼女には近づけないのである。
「……」
そうとは知らないインフェルノはもちろん居心地が悪かった。
仮面のしたの顔がもし見えるのであれば、きっと呆れたような困ったような顔をしたであろう。
それもそうだ。せっかく此処まで来たというのに優秀な文官を見つけるどころか、そもそも近寄らせても貰えない。
先程無理に文官に近づいたインフェルノに、その文官は泡を食って気絶し今は医務室にへと運ばれてしまった。
それを見て、インフェルノは自分がたいそう恐れられているのに気づいてどうしようかと廊下をウロウロとさ迷っていた。
このまま探しても無理なら、他の部下に……いや、同じようなことが起きるかもしれない。
実際はインフェルノよりマシであるが、その考えのせいで、インフェルノは早くも大きな壁にぶち当たってしまった。
さてどうしようか……。そんな風に考え廊下に立ち止まっていると、後ろからインフェルノに声をかける男が1人。
「おやインフェルノ、そんなとこで何をしているんだい?」
「ルルト・ウェ・ウィルナー殿。お久しぶりでございます。ただ今庶務仕事のできる文官を探しているのですが……」
振り返った先にいるのは趣味の良い濃い緑の服を着た優男。
彼は32という若さでこの国の財務大臣を努めている秀才で、インフェルノのことを呼び捨てにできる数少ない人間だ。
モノクルをかけたメガネはピカピカで優しく垂れ下がった眉に、温かい茶色の目。
一つに結ばれたクリーム色の髪を揺らしている彼は文官に慕われていて、女性からもかなりの人気がある男だが、もちろんそんなことインフェルノには興味がない。
そんなインフェルノは、ルルトを見てようやく人心地つく思いになった。
なにせ彼が来るまで、突き刺さる視線で正直気が滅入りそうになっていたのだ。
そんな中、彼のように優しい雰囲気を持った癒やし的存在に、インフェルノの肩の力が抜けるのは当然のこと。
しかも、彼の存在はインフェルノには大きな味方となった。彼なら、きっとインフェルノに協力してくれるはずだからだ。
もしかしたらコレで文官が見つかるかもしれないと思うと、インフェルノの声が少しだけ弾んでいた。
「そうか……君は少し近寄りがたいからね。僕達のように貧弱だとそう簡単に近寄れないよ。それにしても、インフェルノが今更文官探しをするっていうことは、あの話は本当なんだね。君が王家補佐役になったのは」
「ええ、陛下のご命令ですから私には断ることなど」
最後の言葉でなんとなく伝わってしまったルルトはへニャリと眉を下げて笑う。
この口ぶりからして、やっぱり無理やりかぁ。と小さくつぶやき、同情の眼差しでインフェルノのを見た。
「君も大変だねぇ。……よし、私が君に良い文官を紹介してあげるよ。丁度、かなり優秀な文官が来たところなんだ」
「よろしいのですか?」
「うん、君と僕の仲だし構わないよ。それに、少し困った子なんだ」
なるほど、訳ありか。
インフェルノはすぐにそれを察し、それでもいいと頷く。
正直インフェルノじゃその問題児ですらも見つけることはできなかったから、ルルトのこの話で助かったと1つ息を吐いた。
それに、優秀で仕事ができればインフェルノは構わないのだ。
なぜならインフェルノの団は、そもそもかなりの問題児集まる団なのだから。
****
ドスドスと足音を立てて武官集まる西館にいるのは、眉間のシワを山脈のように作りその眼光の鋭さを周囲に振りまいている一人の男だ。
光に透けること無く黒くある短い髪を揺らし、文官にしては良い体つきをしている男。
そう彼が、ルルトに紹介された優秀な問題児である文官。
名を、ラヴィベルト・ジャーズという。
書類仕事はなんのその。参謀としても完璧にできると噂の彼はいま、大変機嫌が悪かった。
その理由は簡単。彼は自分があのインフェルノのもとに左遷となったと勘違いしているからだ。
文官として働き、かなりの優秀な実績も残した自分がまさかのインフェルノの参謀。
なんていう拷問だ? というのが彼の思い。彼はインフェルノが嫌いであり、そして何よりも王家が嫌いだった。
そこが彼の悪い点であり、問題児たる所以だ。
彼は簡単に言えばこの国の王であるセルシオが大嫌いなのである。
先王は名君であったのに、今の王のあの体たらく。嘆かわしく、この国の憂い。そうラヴィベルトは思っていた。インフェルノが聞けば即首が飛ぶ。
先代が良かったから次のお子も、と期待していたラヴィベルトを裏切ったセルシオは嫌いだし、その犬であるインフェルノもついでに嫌いになった。
だからこそのこの態度。
周りにいる武官に対して睨みを効かせながら歩く姿に、若干周りは引いていた。
そしてインフェルノの部下たちはすぐに悟った。あ、アイツがインフェルノ隊長の呼んだ文官だ。と。
本来だったらラヴィベルトはすでに下っ端に絡まれていてもおかしくないのだ。
なにせこんなに目つきを悪くして睨んでくるのだから、血の気の多い奴らにとっては喧嘩を売っていると勘違いするだろう。実際そうなのだが。
しかしインフェルノの呼んだ者を絡むのは自殺に等しい行為。もし傷の1つでもつければそのものの命はない。前例があるので確かだ。
故に誰もラヴィベルトに絡むこと無く、安全にインフェルノの部屋についたラヴィベルトはその扉を叩いた。
「入れ」
一つ声が聞こえる。女の柔らかな声ではなく、氷のように冷たい声にラヴィベルトの怒りが少し冷める。その声に従い、ラヴィベルトは扉を開いた。
「失礼いたします。ルルト・ウェ・ウィルナー様のもと、私ラヴィベルト・ジャーズ。本日付けでインフェルノ閣下の参謀として着任させていただきます」
部屋の中は意外に整っていて、木を多く使った部屋には温かみがある。
紅茶の香りがほんの少し香っているのが意外で、ラヴィベルトはインフェルノの顔を見ることができなかった。
「……私が今日から君の上官になるインフェルノだ。よろしく頼むぞ、ラヴィベルト・ジャーズ」
「はっ」
平坦な声で挨拶され、ラヴィベルトは目をしっかりと椅子に座るインフェルノに向ける。
紅血色の髪を揺らし、顔を仮面で覆ったインフェルノ。確かに噂通りのその姿にラヴィベルトは目を細める。
しかしその目には悪意など無く、ただただラヴィベルトは彼女の姿をじっと見つめる。
彼が彼女の姿を見て思ったことは1つ。
――美しい。それだけだった。
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