第2話「英雄」

 その国は弱小だった。

 特になにか目立つ特産品もなければ、兵は脆弱で数の少ない弱小国。

 それがこの国、レキシア王国。


 そんな国で、あるのものが発見された。

 最も北に位置し、そして隣国である『ベルルラート連邦王国』とも隣接した山脈『レンドジア山脈』にて、大量の鉱物が発見された。

 調査の結果、そのレンドジア山脈の全てに金銀銅の鉱山。そして大量の石炭が眠っていることが確認される。


 その発見が、十年にも続く戦争。

『レンドジア戦争』の始まりの切っ掛けとなった。


 戦争は十年にも及んで未だ決着しておらず、冬の国として有名なレキシア王国では食糧生産もままならず、レキシア王国の敗戦の色が濃くなる。

 最早負けが確定し始めたレキシア王国。

 そのレキシア王国に、しかして、希望とも呼ばれたある一人の英雄が戦争を終わらした。


 圧倒的な敵戦力を、数少ないの戦力で打ち破った英雄の存在は世界各国からも恐れられ、尊敬と畏怖を集める。

 英雄はその後、崩御した先王に代わり、王太子に王国第一騎士団団長に任命され、更にこの国の守は頑丈になっていった……で、終わるはずだった。


 彼女の名前はレディ インフェルノ。

 地獄と呼ばれ恐れられた英雄は、身内からも畏怖と敬意の視線を集めながら優雅に自分の主君に膝を突き立てた。


「――第一騎士団団長、レディ インフェルノに命じる。これからは軍だけではなく、この余のために王家補佐の任を与える!!」


 赤いカーペットよりも濃く、血のような血紅色の髪を垂らせ、インフェルノは目の前の男を呆然とした目で見る。

 目の前、つまり王の広間で視線を集めるのは、先の戦争でなくなった先王の子にして王太子いや……。


 レキシア王国第三十二代目新王、セルシオ・ベータ・ル・レキシアその人だ。

 金髪碧眼の美しい容姿、しかしその顔には幼さが残りその長いマントを垂らす。

 それも当然だ。なぜなら新王は14の少年なのだから。

 先王が急死し、急遽王となったセルシオ陛下は政治にはまだ疎く、格式を知らない。

 だからこそ、こんな突拍子もない命を下したのだろう。


「陛下! それは一体どういう?!」

「どうもこうも、さっき言ったとおりだ。インフェルノにはこれから余のためにまつりごともしてもらう」

「しかしっ! さすがの英雄とは言え、貴族でも無い彼女が政など不可能です!!」


 そう陛下に抗議するのは、長くからこの国を支えてきた宰相閣下、バンクルット・クォエル・タチタニアだ。

 バンクルットにインフェルノはかなり世話になり、先の戦いでもこの人の推薦がなければインフェルノは将になれなかったほど。


 そんな切れ者である男のこの反応は当然だ。王家補佐の補佐は名ばかり。

 王家の補佐をするということは国王と同等の権限を持つ。その責任の重さを、バンクルットは重々承知している。


 これからのこの国は、戦後処理のために政治がメインとなってくる。

 しかも戦争でぼろぼろになったこの国を再生し、なんとか勝ち取ったなけなしの鉱山地帯をなんとか運用しなくてはいけない。

 その間、他国からも政治やら軍事やら商業やらの戦争をふっかけられるのは必須。


 それをバンクルットは危惧して反対しているのだ。


 今までにないプレッシャーにインフェルノはため息を聞かれない程度で漏らす。

 彼女をここまで疲れさせるのはこの世でセルシオただ1人だけなのだ。


 しかしインフェルノは決して馬鹿ではない。当然バンクルットに推薦された時から一応は政の勉学に励んでいた。

 だからこそわかる。自分では無理なんだと。


「確かに、インフェルノがどの国の人間で何者かなど知らん」


 セルシオはバンクルットの言葉にうなずき目線を下げる。


「なら!」

「しかし、インフェルノの能力は計り知れない。今ぼろぼろになったこの国を再生するには、新しい概念が必要だ。違うか?」


 そうセルシオはインフェルノに視線を向けるが、彼女は身じろぎをせず見つめ返すのみ。だがいつものことなのですぐに視線を外した。


「しかしっ、インフェルノを他の貴族に認めさせるためには陛下だけではッ」

「だからこそ、お前を呼んだのだバンクルット。お前の後ろ盾さえあれば、大抵のやつは認めせざる負えない」

「っ……しかし!」

「あ”ー、うるさいうるさい。お前はさっきからそればっかだ。もう決定だから、今更何言っても余は取り消さんぞ」


 何たる暴君。

 耳をふさいでバンクルットの言葉を無視するセルシオは、やはり子供なのだろう。

 小さく息を吐いたインフェルノは、そう思いながらセルシオに向かって声を上げた。


「陛下、発言よろしいでしょうか」

「!……許可する」

「ありがたき幸せ、それではお一つ。何故私にしたのか理由をお聞きしても?失礼ながら、閣下の言う通り私ではその地位はもったいなさ過ぎます。閣下のような方が、本来の王家補佐が相応しい」


 立ち上がれば、美しく装飾された隊服が重く、着いている赤い宝石が輝く。

 今回に関してはバンクルットのほうが正しい。そう考えるインフェルノは冷静なその頭で考える。

 インフェルノのはこの件、たとえ自分の首がはねられようとも阻止しよう。そう思い仮面の下で目をほそませた。


 インフェルノにできるのはせいぜい敵を切ること。そして英雄という存在で周辺国を威圧することだけだ。


 しかしそうは言ってもやっぱりセルシオは王だった。彼女の意見に耳を貸してくれない。


「たしかにだ。バンクルットは今までだった父上の代から王家を、そしてこの国を支えてくれた。しかし!それはお前とて同じこと。インフェルノと言う存在は、ただ国の威圧がためだけではなく、政治にも有効活用できるはずだ!」


 何という石頭。セルシオの言葉に思わず固まるインフェルノ。これはなにを言っても止まらないと、インフェルノは仮面の下でバンクルットに視線を送る。

 しかし当のバンクルットは頭を抱えて大きくため息を吐いている。

 バンクルットはもうお歳だ。ストレスで急死されたらこの国が困る。そしてインフェルノも困る。


 しかし彼女ではこれ以上の打開策は見つからない。


「とにかく! インフェルノは王家補佐に任命だ! この後のことはバンクルットに一任する!」


 そして無理やりねじ込まれて丸め込まれた。


 ****


「はぁぁぁ〜〜……」


 深い深い溜め息をつかれ、閣下は執務室の椅子に座ってうなだれた。

 ぼんやりとしたろうそくに光が閣下、バンクルットの顔を照らし出し、無駄な陰影を作る。その顔はまさに疲れ切ったおじいちゃんだった。


「困ったことになりましたね、閣下」

「他人事な。お主の未来がこれで決まったのじゃぞ」

「死ぬ覚悟ならとうの昔に。しかしまさか陛下このようなことを言い出すとは」


 この話はセルシオの名の下、国中どころか周辺国にも知れ渡ることになるだろう。

 さて、本当に困った。インフェルノは仮面に手を置いて考え込む。

 これから彼女は新たな王とともにボロボロになった国を再生しなくちゃいけないのだ。

 しかも、周辺国に威圧しながら軍の管理と……それと……。


「閣下、私これ過労で死にませんか?」

「お主がそんな冗談を言うとは珍しいが、それどころじゃすまんぞ」


 ジトッとした目線をインフェルノに浴びせ、バンクルットはまたため息をつく。


「もうお主を巻き込ませるつもりはなかったのだがなぁ……」

「それについてはなんとも思っておりませんが、私に政など」


 インフェルノは英雄だが、それは軍事上での話。

 それ以外で貴族たちがいい顔をするわけがない。嫉妬を買うまでならまだしも反乱だっておかしくない。

 それが自分だけなら構わない。しかしその矛先が敬愛するセルシオに行けば、インフェルノは首をかききって自ら死ぬだろう。絶対に。


 確信めいたことを考え込え、インフェルノのは自身が主君をバカにする想像上の貴族共に殺気を滲ました。

 そのことに気づかないはずもなく、バンクルットは冷や汗を垂らし、話をそらす。


「だがもう陛下は決め、既に情報は回り始めた。もうお主は逃げられん」

「困りましたね。これからこの国は荒れるというのに」

「決定したことを覆すのは難しい。しかし幸いとしてこの国の貴族は少なければ国土もまぁまぁだ。ワシがお主を手助けしよう」


 少しの自虐を吐き、バンクルットはそう言って紅茶を一口飲む。

 彼女にとって、バンクルットは親のような存在なのだ。彼のためならインフェルノは身を粉にするだろう。


「感謝いたします。しかし、これでまた閣下に返せない恩ができてしまいましたね」

「何の、お主はしっかりとワシに勝利という恩を返してくれた。コレはその分の感謝だ」


 いえ、その分の感謝が既に恩なんです。

 とは言わずにインフェルノも仮面を少しだけずらして紅茶を一口含んで飲む。

 少し酸味の効いた紅茶は温かく美味しい。


 外の雪景色を見てこれからのことを憂いて、彼女はバレない程度にため息を吐いた。

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