Lady Inferno 〜弱小国の最強英雄〜
姉御なむなむ先生
一章 レキシア王国と英雄
第1話「彼女の名前は」
「はぁ、また歴史のテストで赤点かよ……」
チェックばかりが埋め尽くす解答用紙を見て、青年はため息をつく。
「お前って歴史以外だったら高得点なのになんでそんなに歴史ができないわけ?」
「うるせぇ、俺だって理由がわかったら聞きたいぐらいだわ。なんで歴史だけ……」
「ま、天は二物を与えずっていうしな。けど今回の歴史の範囲って結構有名な話じゃんか」
「有名? 俺にとっては過去のやつがどんなことをしてようが興味ねぇっての」
毎度の如く、歴史のテストでそんな事を言う青年に友人は笑う。青年は笑う友人の腹をつついてため息を付いた。
「で、今回のなにがそんなに有名なんだっけ?」
「本当に歴史に興味がないんだな……。お前だって一度は聞いたことあるだろ、あの女英雄の話だよ」
「あー……なんだっけ……。なんかすごいやつだって話は覚えてるような」
「お前、その人の話を題材にした映画が面白いって言ってたのに覚えてないのかよ」
首をひねる青年に友人は苦笑いを浮かべてスマホを取り出して見せる。古い肖像画に映るのは、赤い髪に仮面をつけた一人の女だった。
検索欄に書かれた名前。その名前を、青年は静かに読み上げた。
「レディ……インフェルノ?」
肖像画に映る女が、その名前で彩られたのを確かに青年は見た。
「――死ねぇ! 侵略者共がぁ!!」
血しぶきが舞う。男の怒声が真っ白な戦場に響き、その者は意識を戻す。
「死ぬのは貴様だ! 弱小国の犬が!!」
近くで殺し合う声。肉を断つ音。
金属音が耳に障り、男の罵倒し詰り合う声は騒々しく愚かしい。
真っ白な雪の上には踏み荒らされ、その上には無数の死体と赤い血。
その上に更に白い雪がつもっていくのを、女は何の感情も浮かばさせずに見下ろす。
いつもの光景だ。特に変わり映えのしない絶望の光景。
目の前の景色がさながら地獄のようで、自分の血のように赤い血紅色の髪が風にたなびく。その様子はまるで紅蓮に燃え盛る憤怒の炎のようだと、彼女は無感情に思う。
被った仮面からかすかに伝わる外気の冷たさが自分がこの地獄にいることを実感させていった。
「ビテンド将軍に伝令。右翼から後方に下がる敵を抑え、左翼と共に挟撃しろ。騎馬兵を前線に置き、我が隊の前まで誘い込め」
「はっ!」
伝令兵に命令を下せば、伝令兵は馬に飛び乗って戦場を駆けゆく。
十年前のあの日に比べれば、敵兵も脆弱になり、その動きはどこか遅く感じられる。しかし、それは女の国でも同じだった。
既に消耗しきった彼女の国で、これ以上の戦争続行は不可能。
この戦い、今日で終わらせなければ残るのは滅亡のみである。
敵味方が入り乱れる戦場を上からに、彼女はこの後のことを思って短く息を吐く。
数分もすれば上から見ていた戦場の惨状は変わっていき、敵の押され具合が見て取れる。もともと冬になれた民族でないから、この国の気温は相当厳しいはずだ。
既に連戦に連戦を重ね、疲弊しきった敵の本隊を見て、その女は後ろに待機した部下に声を上げる。
総勢5000の優秀な部下である彼らは、雪景色の中に響く凛とした女の声に耳を傾けた。
「我が軍は挟撃した敵中央を押さえる!今日でこの戦争を終わらせるぞ!!!」
『おおおおおお!!!!!』
「勝利は我らが王に!!! 突撃いいいいい!!!!」
鬨の声を上げ、それを合図に彼女は馬を蹴る。
怒号を上げ戦場に突撃したその集団は、文字通り敵を蹴散らして敵の悲鳴が響き渡ていった。
女の団の紅い煉獄を用いた旗に、敵が慄く。
「あ、あれは……あの旗は!!!」
「後退! 後退!!」
「本陣を守れ!!! 奴等の目的はッ……グアアア!!!」
目の前に出てくる敵をなぎ払い、部下が散らし開けた赤い道を愛馬に乗ってかける。
一騎当千の部下を連れ、敵本営陣地に固まる敵兵を切り抜けていけば、目の前に一際豪奢なテントが現れた。
「待たれぃ!!!」
「!!」
しかしその道を塞ぐ一人の老人が、一際豪奢なテントを守るよう女の前に立ちふさがる。
仮面が少しだけ揺れた。
「剣聖……オルド、だな」
「いかにも、そういう貴様はレキシアの将であるな。ワシとの一騎打ち、受けていただこうかっ!!」
「良いだろう。貴殿の最後の願い、この私が願い届けよう」
愛馬であるルドルフから降り、血紅色の髪を持つ女は剣を抜く。
既に彼女の優秀な部下たちは、敵陣の集まる敵兵を倒し手先に向かった。この場には剣を構えた彼女と剣聖オルドしか残されていない。
「……」
「……」
仮面の僅かな隙間からわかる男の圧。
流石は剣聖と言ったところか、全くの隙がなく構えだけでその実力が見て取れる。
お互いが睨み合ったまま動かず、一体何時間経ったのだろう。本当は数秒だって経ってないのかもしれない。
沈黙の戦い。お互いがお互いを睨み合っていれば、それは来た。
「キィィエイッッ!!!」
「!」
気合の一振り、仕掛けたのは剣聖。
神速にまさると言われたそれは、確かに目に負えないほど速く鋭い。
「ハッ!!」
しかし、その女には遅すぎた。
上から叩き斬ろうとする老人に一閃。
胴体を真っ二つにされた剣聖は、その場に倒れ伏し雪を濡らす。
「み、みご……と」
赤い血を口から漏らしながらも、自分を切った女を称賛する剣聖。
それが剣聖と呼ばれた老人の最後だった。
「首を丁寧に扱え」
「はっ!」
部下に剣聖の首を預け、女はそのまままっすぐと人際豪奢なテントを叩き切る。
「ヒィッ!!」
目の前には無様に腹が肥え、身なりを下品なほど着飾った男。
それは血まみれた女を見て、顔色を真っ青にして股を濡らした。
「貴殿が『ベルルラート連邦軍』総大将で相違ないな」
まっすぐと、血と人の油に塗れて汚れた剣を男の首元に置く。
顔面を色々な液体で濡らした男は、ガチガチと歯を鳴らして首に置かれた剣を凝視した。
「お覚悟を」
「ヒ、ヒィ!!お、お慈悲を!!」
みっともなく命乞いをして泣きわめく大の男を見下ろして、彼女は淡々と冷静に言い聞かせる。
「慈悲は既に我が王がくれていたはず。しかし、それを不意にしたのは貴殿と、貴殿の国の王だ」
「!!」
「その首、頂戴する」
今度は、何も聞かずに自身のもつ剣を引き、男のうるさく脳の働かない頭を落とす。
ゴトッとなにか重い音が聞こえ、男の喚き声は止んだ。
「首を掲げ、周りに触れ回せ。戦争は終結だと」
血の薫る風を感じながら、女は血のついた剣を振るう。
その血は、真っ白い雪を女の髪のように彩らせ、じわりと広がった。
レキシア歴1280年3月12日。
この日、この年。
10年にも及んだ戦争が、ある一人の英雄の手によって終幕した。
敵対国であり、侵略国である『ベルルラート連邦王国』の剣聖を討ち、50万という途方も無い数の敵軍を、たった3万で打ち破ったその類まれなる戦術とカリスマ性は大陸全土に響き渡り、そして恐れられた。
しかしその英雄のことを詳しく知るものは居ない。
出身国及び出身地不明。本名不明。年齢不詳。経歴不明。
すべてが謎に包まれた伝説の英雄。
そんな『レキシア王国』の英雄はかくして、敵味方からもこう呼ばれた……――
彼女の名前はレディ インフェルノ。
地獄と呼ばれた、英雄だ。
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