第317話:もう一人の敵の正体
モレイネーメは、テルゼイによって心臓を奪われ、同時に
心臓は完全に破壊されてしまった。もはや、人としての生を
体内では、既に核の力による浸食が始まっている。最後の力をもって、
(凍結界が間に合ってくれてよかったわ。私ではビュルクヴィスト様のようにはいかない。この力をできうる限り持続させるためには、今以上に氷を活性化させなければ)
そのための絶対必要条件を考える。モレイネーメは過去の記憶を
氷の世界だ。ならば極北しかあるまい。そうとなれば、シャラントワ大陸だろう。死地を求めて
大陸の北の果て、
そして、その少女から内緒で教えられた。地下深くに根を下ろした、決して
そこしかあるまい。その聖域こそ、己の身体を
凍結界を行使するに当たり、ほぼ全ての命を燃やしている。残された
かつて訪れた場所なら、魔術転移門さえ開けば移動は
(無理ね。残された生命力では魔力が足りない。魔術転移門は開けない。開けたとしても)
目の前に立つテルゼイからは
そのテルゼイは何やら
彼の姿がゆっくりと
(エルフ、しかも暗黒エルフですって。先ほどとは比べようもないほどの魔力量だわ。何なの、この男は)
「
モレイネーメは
「ああ、これはとんだ失礼を。まだ名乗りもしていませんでしたね。私はジリニエイユと申します。これから貴女の
ジリニエイユ、初めて聞く名だ。エルフ、その中でもとりわけ数の少ない暗黒エルフは、主物質界でほとんど姿が見られない。もちろん、モレイネーメにエルフの知り合いなどいるはずもなく、困惑しきりだ。
「凍結界で浸食速度を遅らせていますね。時間もあることですし、では
ジリニエイユの右手が軽く振られた。空間が広範囲に切り取られ、内部に映像が浮かび上がってくる。
「こちらの準備を整いました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
問題だと
≪姉さんは昔から心配性だからね。あまり気にする必要はないよ。護衛と言いつつも、この馬車には強力な魔術結界が展開されている。姉さんでさえ破れないほどの結界がね≫
ゼーランディア自身が指摘したことだ。
確かに、魔術結界は極めて強固に張り巡ららされている。これを破るには、高位魔術師を数人は連れてこないと無理だろう。
そもそも、そこまでの魔術結界が張れるなら、
それほどまでに実力差があるのだ。ゼーランディアは
≪ガドルヴロワ、お母さんには申し訳ないけど、今からでも遅くはないわ。すぐに引き返すべきよ≫
決断を
≪姉さん、済まない。もう遅いみたいだ≫
どこから
自然現象ではない。明らかに魔術による
≪敵の気配が
打ち寄せてくる波のごとく漂う気の中に、さらに異質なものが混じっている。
≪まさか、香気、まずいわ≫
悲鳴にも似たゼーランディアの叫びがガドルヴロワの脳内に響き渡る。よく目を
≪ガドルヴロワ、絶対に吸い込まないで。風を送るわ≫
ゼーランディアが即座に魔術詠唱に入る。
ガドルヴロワは
≪Vinskd sriek skuy avyoznieg.≫
精霊魔術だ。短節詠唱は
「
風が動く。ゼーランディアの意思に従って、姉弟を
≪きりがないわ。ガドルヴロワ≫
なおも霧は濃密さを増しながら押し寄せてくる。ゼーランディアの魔力と敵の魔力、どちらが先に
≪どうにかして、敵の位置を探し出して≫
言われるまでもなく、ガドルヴロワは霧の発生と同時、探知を続けている。この時ばかりは魔術が使えたらと考えてしまう。魔術探知なら、
ガドルヴロワは剣士としての感覚を研ぎ澄ます。
≪近くにいるようで遠くにいる。遠くにいるようで近くにいる。二つの気が折り重なっているような感覚だ。姉さん、敵は一人じゃないかもしれない≫
その時だ。
対照的に、中から音も立てず、護衛対象の人物が姿を現わす。なおも立ちこめる霧は、その人物の動きに応じて、つかず離れずを保っている。
「ああ、まさか、そんなはずがないわ」
信じられないものでも目の当たりにしたのか、ゼーランディアはそれ以上の言葉を失っている。
「母さん、モレイネーメ母さん、どうしてここに。まさか、私たちの護衛対象が」
ガドルヴロワもまたそんな馬鹿なという思いで、姿を現したモレイネーメを一心に見つめている。
ここまで冷静に状況を分析してきたガドルヴロワ、本能と感情で動いてきたゼーランディア、それが今では完全に逆転している。
ガドルヴロワは、目の前に立つ人物が本物のモレイネーメであってほしいと願っている。
ゼーランディアは、姉弟のもとに戻ってきたなら、どこにいようとも真っ先に
いつもの立場の逆転が二人の命運を決めてしまった、と言っても過言ではないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ガドルヴロワ、何を言っているの。そこに私がいるはずがないでしょう。いったい何を見ているの。何が見えているの。ゼーランディア、何とかしなさい)
浮かび上がった映像を見つめながら、
「モレイネーメ、何もできない気分はいかがですか。貴女には、あの者の姿が正しく見えているでしょう」
そのとおりだ。モレイネーメには、馬車から出てきた人物の姿がはっきりと見えている。
くすみがちな金色の長髪と瞳、
「あの者もまた私の忠実な
確かに
香りなどが何の武器になるというのか。それが素直な考えだ。
「これだから無知な者は困るのです。香術とは、
一つ目は感覚反応を
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