【1周年読み切り】当代三賢者とレスティー

 二人の男がどうしたものかと互いに顔を見合わせつつ、思案にふけっている。現状、お手上げといったところだ。


 何しろ、先ほどからすこぶる機嫌が悪いのだ。一度こうなってしまうと、しばらくは手のつけようがない。なだめる手立てもない。


 三人は対等な関係ではあるものの、力関係ははっきりしている。


 目の前の不機嫌極まりない女が一番上、男二人は同等か、あるいは若い男が若干下といったところだ。


「いったい何なんだよ。こっちが全力で放った最上級魔術を、まるで息をするかのように吹き消してしまったんだぞ。しかも、一歩たりとも動かないままだ」


 真紅の長髪が、全身から発せられるすさまじい魔力によって逆立っている。渦巻く感情は苛立ち、怒り、焦りといったところだろう。


「ルシィーエット、それぐらいにしてください。最初に言っておいたはずですよ。はなから勝負にならないと」


 顔だけねじって、こちらをにらみつけてくる。まるで鬼のような形相ぎょうそうだ。


 言葉を発した男は慌ててもう一人の男の背に隠れる。長身かつ筋骨隆々たるその男に比べれば、隠れた男など子供みたいなものだ。


「相も変わらずの沸点の低さですね。ルシィーエット、貴女の悪い癖ですよ」


 言葉数が少なく、温和な彼がおくせずなだめている。


「うるせえよ、オントワーヌ。お前だって自慢の灼岩爆熱燼サクムランディが破られたじゃねえか。何とも思わねえのかよ」


 オントワーヌはただ黙って首を横に振るだけだ。ルシィーエットは忌々いまいましげに舌打ちだけすると、降参とばかりに両手を挙げてみせた。


「ああ、分かった、分かったよ。認めるさ。認めりゃいいんだろ」


 ようやく発散していた魔力が収まっていく。それとともに、なびいていた美しい深紅の長髪も重力の法則に従って、ゆっくりと下りてくる。


 わずかに時をさかのぼる。


 レスカレオの賢者ルシィーエット、ルプレイユの賢者オントワーヌ、そしてスフィーリアの賢者ビュルクヴィストは、魔術高等院ステルヴィアが誇る三賢者であり、脈々と受け継がれている三賢者にあって、歴代最強とも謳われる三人だ。


 それぞれが有する固有魔術は無論のこと、魔力保有量、魔術への飽くなき探求心、さらには賢者としての経験と知識、どれをとっても抜きん出た三人は各大陸、各諸国の要請を受けて忙しく飛び回っている。


 突然のことだ。多忙極まる中、院長オレグナンから緊急招集がかかったのだ。


 理由を問うたところ、紹介したい人物がいるとの一点張りで、それ以上の詳細は聞けずじまいだった。とにもかくにも院長命令だ。逆らうわけにもいかない。


 三人は急ぎ魔術高等院ステルヴィアの中心に建つパラティムに戻って来たのだった。


 最後に入って来たのはルシィーエットだ。


 オントワーヌとビュルクヴィストは既にその人物との対面を終え、なごやかに談笑中といったところだ。


 ルシィーエットからは、何を和気藹々わきあいあいとやっているんだという不愉快な感情が伝わってくる。呼び出されたこと自体が気に入らないのに、目の前の人物からは全く強さが感じられないのだ。


「オレグナン、戻ったぞ。で、紹介したい人物がいるとか。じゃあ、これで終わったな。私は忙しいんだ。もう行くぞ」


 院長オレグナンに対しても、ルシィーエットはこの口調だ。昔から変わらない。一切ぶれない。オレグナンは苦笑を浮かべて、横に立つ人物にうなづいてみせた。


「ルシィーエット、待ちなさい。三人にはこれから地下の訓練室で、こちらにおられる御方と手合わせをしてもらいます」


 男はルシィーエットに対して、いまだ一言も口を開いていない。入室してきた時と同じく、強さは感じられないものの、それがかえって不気味さをかもし出している。


 オントワーヌとビュルクヴィストには先に話を通していたのだろう。それにしては様子がおかしい。いつもなら喜んで手合わせに応じる二人が、やけに緊張しているのだ。


 緊張どころではない。できれば手合わせをけたい。そちらの気持ちの方が強く出ている。


「オレグナン院長、本気なのですか。私見を言わせてもらえるなら、手合わせにさえならないかと。こちらの御仁ごじんと我々では彼我ひがの実力差があまりに開きすぎています」


 言葉を発したビュルクヴィストに真っ先に嚙みついたのがルシィーエットだ。


「おい、ビュルクヴィスト、聞き捨てならねえな。今、お前は我々と言ったな。まさか三人がかりで勝負して、この男に負けるとでも言いたいのか」


 院長は口を挟まない。一度火のついたルシィーエットは誰であろうと止められない。賢者同士に任せる。事なかれ主義が見えるオレグナンだった。


「ビュルクヴィストの言ったとおりですよ。我々三人が固有魔術を使ったとしても、こちらの御仁には通用しないでしょう。貴女には分かるはずだ」


 ビュルクヴィストに代わって答えたオントワーヌに対しても、ルシィーエットは平然と食ってかかる。


「オントワーヌ、お前もか。がっかりだな。それが最強ともうたわれる三賢者の言うことか」


 ここで初めて男が口を開く。


「当代三賢者、面白い関係にあるな。オレグナン、三賢者がいかほどのものか試させてもらうぞ」


 オレグナンは期待を込めて頷く。その心情はいかばかりか。


「なにとぞよろしくお願いいたします、レスティー様」


 地下訓練室の外でオレグナンは成り行きを見守っている。予想するまでもなく、結果は分かっている。想像以上にひどい方向だ。


 オントワーヌとビュルクヴィストは、今現在の持てる最大魔術、すなわち固有魔術を初撃に選んだ。賢明な選択と言えよう。


 二人にも結果はやる前から分かっていた。えていた。


 三人の中で、魔力を視る目はビュルクヴィストが誰よりも優れている。レスティーは魔力が一切ないように見えて、その実、凄まじいばかりの魔力を内包している。ビュルクヴィストは一目見て思ったのだ。


(あ、これで私は死んだな。人に許される許容量ではありませんよ)


 オントワーヌも同じ結論だ。彼は三人の中で最も中庸ちゅうようでもある。


 最大魔力をもって一撃必殺、敵を殲滅せんめつする思考のルシィーエット、最大魔力を細かく分割、適所で適切な魔力量を緻密に図って敵をほふる思考のビュルクヴィスト、その中間をいくのがオントワーヌなのだ。


 オントワーヌは灼岩爆熱燼サクムランディを、ビュルクヴィストは霜嵐結氷凍細滅獄ピルシュディアナムを容赦なく行使した。それがレスティーのたっての希望でもあり、オレグナンの指示でもあったからだ。


 二人の魔術は同時に行使された。相克そうこくを起こす心配もない。伊達に賢者を名乗っているわけではないのだ。魔力制御は完璧だった。


 レスティーはただ視ているだけだ。


 確実に二人の魔術がレスティーをみ込む。ルシィーエットは二人の勝利を確信している。オントワーヌとビュルクヴィストが間違っていたのだ。我々賢者が負けるはずがない。


 次の瞬間、その考えは根底から覆されてしまう。レスティーに届いたと思った二人の最大最強魔術が突然消失してしまったのだ。


「やはり、こうなりましたか。完敗です。いさぎよく認めます」


 オントワーヌとビュルクヴィストの言葉だ。頭を下げる二人に対して、ルシィーエットは違う反応を示す。


「馬鹿な。なぜだ。何が起きたんだ。どうして、そんなことが。あり得ない」


 混乱するのも無理はない。


 ルシィーエットは魔力などない。それが彼女の魔術行使における流儀であり、細々とした魔力制御は性に合わないのだ。


 レスティーの視線がルシィーエットに向けられる。


「次はそなたの番だ。火炎系魔術を得意としているそうだな。見せてもらおう。完全詠唱の時間は与えよう」


 その一言でルシィーエットは切れた。見事なまでに切れた。


「私を馬鹿にするな。いいぜ、見せてやる。完全詠唱した私の最強最大、いや最凶最大魔術をな」


 レスティーの視線がわずかにオレグナンに向けられる。念のための最終確認だ。


≪本当によいのだな。完膚なきまでにし折るぞ≫

≪構いません。それがルシィーエットのためになるのです≫


 ルシィーエットの詠唱が始まった。


「ネヴィルア・ファーヴォ・ロージ・キエス

 ウィリー・ヴィア・レアジュ・ラクウェイ

 アララウ・ケレユ・パヴァノ・リーオ

 我が意を受けし大いなる炎よ

 次元をも飛び抜け力を示せ

 全てを焼き尽くし滅せよ」


 レスティーは詠唱を聴きながら感心していた。三人の固有魔術の中で、最も難度が高い。しかも次元を越える能力を隠し持っている。


 残念ながら、レスティーから視れば、未完成と言わざるを得ない。改良の余地がありすぎるのだ。それらが全て整えば、彼女の固有魔術は今の数十倍の威力となるだろう。


(勿体もったいないな。それも彼女次第か)


 詠唱が成就した。


 解き放つ寸前、ルシィーエットとレスティーの視線が交差する。


「その身でとくと味わえ。灼火重層獄炎ラガンデアハヴ


 全ての魔力を根こそぎ注いだ完全詠唱での魔術行使だ。ルシィーエットは勝利を疑わない。


(え、なんで、どうして)


 レスティーのみが瞳に映る。


 刹那せつな、己の周囲に半径一メルク程度の炎円柱えんえんちゅうが立ち上がった。熱さは一切感じない。ルシィーエットはその一言をつむぐだけで精一杯だった。


 意識が遠のいていく。


(ああ、美しい)


 倒れたルシィーエットをレスティーが抱きかかえている。


 ルシィーエットが意識を取り戻した時には、既にレスティーの姿はなかった。


 オントワーヌもビュルクヴィスト、無論オレグナンも決して口にしない。レスティーに抱きかかえられたルシィーエットが、何とも幸せそうな表情を浮かべていたなんて。


(言おうものなら、確実に殺されますよ)


 それ以降だ。


 ルシィーエットが変わっていったのは。


 オレグナンの指導はもちろんのこと、オントワーヌやビュルクヴィストの言葉にさえ耳を傾け、また魔力制御も少しずつ学ぶようになっていった。


 一撃必殺主体は変わらないものの、一辺倒でなくなったのは成長の証と言っても過言ではない。


 そして、時折見せる遠くを見つめるルシィーエットの視線だ。


 彼女の視線の先、そこにあるものは何か。


 男三人、分かっていてもそれは口にしてはならないことだ。


 何しろ、ルシィーエットは乙女なのだから。

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