【1周年読み切り】若き騎兵団の二人と見守る者

 剣と剣が激しくぶつかり、騒々そうぞうしい硬質音を響かせる。


 二人は一歩も引かず、ひたすらに打ち合っては離れ、また接近しては打ち合ってを繰り返している。


 いずれも勝利につながる一手が繰り出せない。それだけ互いの技量が拮抗きっこうしている証拠だ。何十回と打ち合った後、ようやく立会人が双方に剣を引くよう命じた。


「両者そこまでだ。もとの位置に戻れ」


 相対していた第一騎兵団のウーリッヒと第四騎兵団のギジェレルモが剣を納め、開始位置まで静かに戻っていく。


 二人は肩で息をしつつ、笑みを絶やさない。互いの健闘をたたえ合っているようでもあった。それもそのはず、二人は共に平民出身、騎兵団入団も同期とあって最初から意気投合、今では親友関係にある。


 深い絆で結ばれている二人は、今日という日を待ち望んでいた。年に一度開催される選抜試験当日なのだ。


 ラディック王国が誇る騎兵団は九団からる。規律を重んじる騎兵団は、当然のごとく序列が明瞭に決められている。団長を頂点として、副団長以下、序列が各兵に明示されている。正騎兵と准騎兵に区分され、待遇面などで大きな差異もある。


 二人はそろって昨年の選抜試験で好成績を収め、見事に准騎兵から正騎兵へと昇格していた。今年はさらに序列の上を目指して挑んでいるところなのだ。


 目標は、まずは副団長の地位だ。正騎兵昇格直後の副団長就任は過去に例がない。まさに史上初の快挙なるか、なのだった。


 二人が互いに礼を送り合い、立会人を務めたクルシュヴィック第一騎兵団団長に対しても丁重に頭を下げた。


「決め手に欠けておったな、ギジェレルモよ。それではまだまだ副団長の座は渡せんぞ」


 クルシュヴィックのもとに歩みより、声を発したのは第四騎兵団団長ホルベントだ。騎兵団最年長、戦場で挙げた功績は数知れず、まさに騎兵団の顔とでも言うべき強者つわものだ。


 彼をもってしても、さすがに豪放磊落ごうほうらいらくとはいかない。副団長は生半可では務まらないからだ。技量はもちろんのこと、団長の右腕となって全団員に目配せもしなければならない。


「それにしてもクルシュヴィックよ、お主のところの若い者もあなどれんな。確か、ウーリッヒと言ったか」


 九団に上下関係はない。ただし、第一騎兵団団長だけは例外だった。非常事態時、九団を統率する者こそが第一騎兵団団長なのだ。それゆえ、心技体全てにおいて抜きん出た者でなければ務まらない。


 これはラディック王国の代々の伝統でもある。各団団長は国王、宰相も参加する全団会議の場で、他の団長の過半数以上の推挙により国王承認のうえ任命となる。


 また、副団長は団長の推薦を宰相が受理、承認された場合においてのみ国王に推挙、そして任命する運びになっている。


 本来であれば、ホルベントこそが第一騎兵団団長を務めるべきだ。それはホルベントを除く各団団長の総意でもある。


 彼は固辞し続けている。とある理由からだ。


「ホルベント翁、ウーリッヒはまだまだです。打ち込みに迷いが見られました」


 大きくうなづく。同意しかない。これは実践ではない。選抜試験とはいえ訓練の域を出ない。剣は歯止めされているうえ、各流派の奥義使用は禁じられている。


 だからこそ、中途半端な技量では相手をねじ伏せることはできないし、そのうえ二人は親友同士だ。目的もいつにする。そこに配慮があったとしても何ら不思議ではない。


 クルシュヴィックにもホルベントにもそれが見えていた。


「ならばどうじゃ。奥義を解禁したうえで再戦させるというのは」


 驚きの表情を浮かべるも一瞬のこと、クルシュヴィックはすぐさま応じる。


「剣はこのままでよろしいか」


 ホルベントはわずかに思案したものの、首を縦に振った。奥義を解禁したうえ真剣では、万が一の場合、確実に相手の命を奪ってしまう。それは本末転倒だ。


「よし、ウーリッヒ、ギジェレルモ、開始戦に今一度立て。ホルベント翁の言葉を聞いていたな。奥義の使用を許諾する」


 二人の顔におびえが見える。許諾された以上、使わざるを得ない。


 ウーリッヒはラディック王国の正統剣術ビスディニア流、ギジェレルモはビスディニア流ではあるものの、その下位流派に当たるアレドゥミナ流だ。


 流派では本流たるビスディニアが上、剣技ではギジェレルモがやや上といったところか。


「互いに奥義を使えば面白い勝負になりそうだ」


 緊張の面持ちの二人を眺めるホルベントの姿は、まるで父親そのものだ。その目は厳しくもあり、優しくもある。


「両者、構え」


 クルシュヴィックの短い声が響く。


 ここで逃げるわけにはいかない。二人の目標は副団長でとどまることではない。さらにその上、団長になることなのだ。


 親友でもあり、好敵手でもある二人は互いに切磋琢磨を続けて来た。たとえ試験のうえでの稽古とはいえ、手を抜くことは相手を侮辱することに他ならない。


 いつのまにか訓練場の周囲には多くの観客が集まっていた。各団の団長と副団長もこぞって、試合の成り行きを見守っている。


 双方が構えた。


 ウーリッヒは団長でもあり師でもあるクルシュヴィック譲り、右八双だ。右腕が伸び切り、右脚はやや引き気味の半身を取っている。まるでクルシュヴィックの生き写しと言っても過言ではない。


 ギジェレルモは右利きながら左下段に剣を置いている。ウーリッヒとは対照的に左脚を大きく引いた姿勢だ。


「どちらが勝つと思いますか」


 第三騎兵団団長ハクゼブルフトがつぶやく。特定の誰かに向けた問いではない。


「振り下ろしの威力はウーリッヒ、早さの間合いはギジェレルモね」


 答えたのは第五騎兵団団長チェリエッタだ。第九騎兵団団長アメリディオが追随、言葉を発する。


「恐らくは早さなら互角、上段と下段に差異はない。ならば剣技の優劣で決まるだろう。ギジェレルモの勝利だな」


 クルシュヴィックとホルベントと除く七人の団長の判定は、ウーリッヒの勝利が三人、ギジェレルモの勝利が四人となった。


「ウーリッヒ」

「ギジェレルモ」


 互いの名を呼び合う。気負いは一切見られない。冷静に相手の出方をうかがう。


「よい集中力だ。一太刀ひとたちで決するな」


 ビスディニア流は下位流派も含め、一撃必殺を主とする。第二騎兵団団長タキプロシスの言葉と同時、二人がいっせいに仕かけた。この一振ひとふりに全てをける。


 声はない。ウーリッヒの跳躍、逆にギジェレルモは身体を小さく折り畳んで沈み込む。


 ウーリッヒの豪速の剣がギジェレルモの脳天めがけて上空より振り下ろされる。ギジェレルモも迷わず迎撃する。沈み込んだ身体を一気に解放、左最下段の剣を逆袈裟ぎゃくけさり上げる。


 互いの剣が大気を切り裂き、うなりを上げた。


 剣と剣が激しくぶつかり、今度は悲鳴にも似たもの悲しい響きをとどろかせる。衝撃がうねりとなって二人に襲いかかる。


 二人の身体は共に後方へと吹き飛んでいった。それだけ互いの奥義の威力が凄まじかったということだ。


 クルシュヴィックもホルベントも、もちろん成り行きを見守っていた各団の者たちも静まり返っている。


 しばしの後だ。


「相撃ちか。やはり、まだまだだな」

「お主は相変わらず厳しいのお」


 動かないギジェレルモのもとに向かっていくホルベントの背を見つめながら、クルシュヴィックは思い返していた。


 ホルベントが第一騎兵団団長を固辞する理由だ。


 ホルベントは最愛の一人息子ヴァイアッドを戦場で亡くしている。敵陣で孤立したホルベントを救出するため、十重二十重とえはたえの囲みを単身突破、その途上で敵の攻撃を無数に受け、父の命を助ける代償に己の命を失ったのだ。


 一時は騎兵団から身を引く決心だった。それを押し止めたのは時の国王ペルゼンだ。


「ホルベント翁、貴男の悲しみは誰よりも深い。だからこそ」


 クルシュヴィックもまたウーリッヒのもとへ向かうためにきびすを返す。


 いつの間にか、見守っていた団員から拍手が沸き起こっていた。


 そして、翌年の選抜試験でギジェレルモは見事に副団長の地位を勝ち取ることになる。ウーリッヒを破っての末だった。


 一方でウーリッヒは足止めを食らったものの、次の選抜試験では副団長確定と言われるまでに成長をげていた。


 しかし、ウーリッヒの副団長昇格は現実のものとはならなかった。選抜試験を迎える前、彼は不幸にも魔霊鬼ペリノデュエズ依代よりしろとなってしまったからだ。


 時は現在に戻る。


 ホルベントとギジェレルモが向かい合っている。話題はいつしかウーリッヒのことに移っていた。


「ウーリッヒは俺より先にってしまいました。魔霊鬼ペリノデュエズが憎くてたまりません。彼のためにも必ず滅ぼしてみせます」


 ホルベントはギジェレルモの言葉に耳をかたむけている。時折うなづくだけだ。


「それが手向たむけにもなるからです。ウーリッヒは、俺にとって掛け替えのない親友でした」


 ホルベントがギジェレルモの方を軽く叩いて、部屋を出ていく。ふと立ち止まる。


「存分に戦え。だが、これだけは肝に銘じておけ。戦場では何が起こるか分からぬ。儂の命が危うくなったとしても、決して助けようなどと考えるな」


 ギジェレルモはいったい何を言い出すのだ、といった表情だ。


「若いお前たちは何としてでも生き残れ。そのためなら儂は喜んでお前たちの盾となろう。それが死んでいった息子のためでもあるでな」


 その言葉だけを残してホルベントの姿は見えなくなった。背中がやけに寂しく見えたのは気のせいか。


 立ち尽くすギジェレルモの胸に去来きょらいするものは何だったか。それは彼のみぞ知るだ。

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