第231話:三姉妹の絆

 上空に浮かぶイェフィヤが強く輝き、紅蓮ぐれんの炎が優しくマリエッタを包み込む。熱さは全くない。そばにいるシルヴィーヌにも影響はない。


 あれほどまでに遠かったセレネイアまでの距離五歩間を一気にけ抜ける。


「セレネイアお姉様」


 マリエッタが先にセレネイアの左手を、そしてもう一歩前に進み出たシルヴィーヌがわずかに遅れて右手を握り締める。


「私たちにお任せください」


 二人の声が重なった。


 この場における最も重要な役割はシルヴィーヌだ。彼女の目をもってセレネイアの魔力の流れを見極め、適切な循環へといざなっていく。


 セレネイアの魔力循環はまだまだ不完全だ。そこでマリエッタの出番となる。循環のとどこおる場所に魔力を補助的に注ぎ、適切な循環を促すのだ。


 イェフィヤがマリエッタを炎で包んだのは、いわば一種の補助でもある。


 二つの意味がある。一つはマリエッタへの魔力供給、もう一つは皇麗風塵雷迅セーディネスティアへの制御だ。


 本来、どちらも必要ないだろう。あくまでイェフィヤの過保護的配慮に他ならない。


「セレネイアお姉様、大丈夫ですわ。そのまま深呼吸を続けてください。魔力循環の流れは私がていますからね」


 右手を通じてシルヴィーヌの、左手を通じてマリエッタのあふれんばかりの愛が流れ込んでくる。


 そこには二人の様々な感情が詰まっている。表に出てこなかった多種多様な感情も含まれている。


 そして、今さらながらにようやく分かった。マリエッタが何故なにゆえに自分に向けて魔術を放ったのか。それにシルヴィーヌが協力したのか。


「マリエッタ、シルヴィーヌ、私のために貴女たちはこれほどまでに。私は何と愚かだったのでしょう」


 滂沱ぼうだするセレネイアに驚くものの、二人にいささかの乱れもない。マリエッタもシルヴィーヌも、セレネイアのためなら何だってできるのだから。


「セレネイアお姉様、私たちは三姉妹で最強ですのよ」


 セレネイアの魔力循環は二人の介添かいぞえをもって、完璧な調和とった。マリエッタの脳裏に沈黙していたはずのイェフィヤの声が響く。


魔剣アヴルムーティオに魔力を誘導しなさい。その子も協力すると思うけど、私がしっかり視ていてあげるわ≫


 マリエッタが最後の仕上げに入る。


皇麗風塵雷迅セーディネスティア、行くわよ」


 マリエッタは右手でセレネイアの左手を握り締めたまま、空いた左手で皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身に優しく触れた。


 淡緑たんりょくの美しい輝きが四散する。まばゆいばかりのきらめきは、強くそれでいて優しい。ゆっくりと三人を包み込んでいった。


≪セレネイア、今こそ解き放ちなさい≫


 フィアの声が届く。


「マリエッタ、シルヴィーヌ、本当に有り難う。私はもう大丈夫よ。貴女たちから十分に愛と力をもらったわ。今ここで皇麗風塵雷迅セーディネスティアを振るうわ」


 セレネイアの言葉を受けて、二人の手がゆっくりと離れていく。


 シルヴィーヌは直前、セレネイアの体内を駆け巡る魔力そのものを、そしてその流れをもう一度確認した。


(ディグレイオ殿が言った二つとはこれなのですね。セレネイアお姉様に欠けていたもの、私は全く気づかなかったのにディグレイオ殿は。妹なのに悔しいですね)


 ディグレイオは瞬時に見抜いていたのだ。セレネイアの欠けているものが、負の感情であり、魔力質が異様なまでにかたよっていることを。だからこそ、器があれほどまでにいびつだったのだ。


 セレネイアの魔力質も体内循環も順調そのものだ。滞りは一切ない。血流とともに滔々とうとうと流れゆく魔力は無駄なく、体内の隅々すみずみにまで及んでいる。


 セレネイアの視線がシルヴィーヌ、そしてマリエッタの順に向けられる。二人は最大の笑顔をもってこたえた。


皇麗風塵雷迅セーディネスティア、お願い。私に、私たち姉妹に力を」


 セレネイアが皇麗風塵雷迅セーディネスティアを天空に向けて高々と突き上げた。


≪狙うはあの男ね。よく視ておきなさい。私の力がどういうものかを。行くわよ≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身が震え、渦巻く突風が天頂へとける。すさまじいまでの上昇気流は周囲の大気を幾重にも取り込み、さらに大気中に含まれる水を氷へと変えていく。


 生み出されるのは巨大な雷雲だ。


 自然発生する雷は、雷雲内での氷粒こおりつぶの衝突によって発生した静電気に起因する。それだけでも十分な威力だ。


 魔術による雷撃は、とある条件を付与することでその威力を数十倍、数百倍に増加させることができる。もちろん、優れた高位魔術師のみという大前提のもとでだ。


 だからこそ、皇麗風塵雷迅セーディネスティアは頼ったのだ。


≪姉様≫

≪よくてよ。点火してあげるわ≫


 魔術によって創り出された雷雲内に限界まで静電気をめ込み、飽和状態を超えた状態で圧縮し続ける。そして、そこに超高温の炎を加えることで爆雷を生成、敵めがけて一気に放電するのだ。


 全ての準備が完璧に整った瞬間だった。


 ジェンドメンダはグレアルーヴにこそ意識を集中しなければならない。今、それがかなり難しくなっている。必然的に目が奪われてしまうのだ。


 最大の敵は、間違いなく目の前に立つグレアルーヴだ。僅かなすきを見せるだけで、恐らくこの獣人族の男は命を刈り取っていくだろう。


 肉体だけなら一向に構わない。それが核となれば話は別だ。悪い予感がする。


(まずい状況だ。この男にこそ集中せねばならない。だが、あの娘に意識を奪われる。我の直感が告げるのだ。あれを放置するなと)


 あの娘がセレネイアであることは言うまでもない。


 ジェンドメンダにとって、三姉妹はなぶり殺しにする対象でもある。それがジリニエイユの命でもあるからだ。


 最初は取るに足らない非力な娘たちとしか思わなかった。


 まずは最も弱いシルヴィーヌを狙った。一振りで終わらせるつもりが、邪魔に次ぐ邪魔のせいでいまだだに仕留められないでいる。


 それだけでも我慢ならないというのに、二人目のマリエッタは魔術師と来ている。それもそれなりの使い手だ。自身とは相性のよくない火炎系を得意としている。忌々しいにもほどがある。


 三人目の標的であるセレネイアは魔剣アヴルムーティオこそ手にしているものの、非力な存在だった。


 今の今まではだ。ツクミナーロ流の使い手たるジェンドメンダには、はっきりと視認できていた。セレネイアの魔力は微量、微弱のうえいびつ、しかも体内循環が不安定すぎる。


 これではまともに魔剣アヴルムーティオなど使えるはずもない。


(この僅かの間にいったい何が起きたというのだ。あの娘の魔力が桁違いに増大、しかも体内循環まで安定さを増しつつある。あれでは)


「二度もよそ見をするほどに余裕ということか。なめられたものだな」


 グレアルーヴは視線の変化を決して見逃さない。ジェンドメンダが舌打ちを一つ、すぐさま相対するグレアルーヴに視線を戻す。


「馬鹿な」


 先ほどまで眼前に立っていたはずだ。そのグレアルーヴの姿がない。聞き間違えるはずもない。確かに彼の声は自身の前方から聞こえてきたのだ。


「まさか、幻影の血縛術サグィリギス、その使い手は」


 最後まで言葉にならない。


「俺の血縛術サグィリギスは二段構え、時間はかかったがようやくだ」


 ジェンドメンダは身体を動かそうとするも全く動かない。身体を構築しているのは粘性液体だ。液体は流動体、ジェンドメンダの意思に基づき、あらゆる形状を取りうる。


 今、辛うじて動かせるのは口と妖刀を握る左手のみだ。その左手さえも動きが鈍化していく。これでは妖刀を振るうことさえ難しい。


「この程度のことで我が敗北するとでも思ったか。我は魔霊人ペレヴィリディスなるぞ」


 左手に動きの悪くなった粘性液体を集約させていく。


 一撃で決める。一撃で決めなければならない。


 血縛術サグィリギスは術者を殺してしまうことで無効化できる。この窮地から脱する最も効率のよい方法は、何をおいてもグレアルーヴを始末することだ。


 ジェンドメンダの執念だ。持てる力を注ぎ込み、妖刀を握る左手を動かす。


「我が奥義をもって、貴様を殺す」


 グレアルーヴが閉じていた魔力を解放する。それによって、ジェンドメンダにもグレアルーヴの位置が特定できた。眼前ではない。背後だったのだ。


「もはや貴様の位置は特定した。我の勝利だ」


 振り向く必要はない。そもそも身体は動かない。それでも十分だ。魔霊人ペレヴィリディスとしての力だ。


 粘性液体を集中させた左手首より先だけがあらぬ方向に折れ曲がり、妖刀をかかげたのだ。


「受けるがよい。我が奥義」


 またもや言葉がそこで途絶えた。かき消されてしまったのだ。


 空を覆う雷雲、そこから生じた耳をつんざく轟音ごうおんによって。


「終わりだ、ジェンドメンダ。発動、幻崩壊硬血斂塵パクスマクリロ


 そして、グレアルーヴの血縛術サグィリ奥義も発動の時を迎えるのだった。

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