露出狂が服を着て歩いているということ

るぶん

一話のみ・短編

露出狂が服を着て歩いているということ


A「あーー」

B「何?」

A「ちょっと思いついたんだけどさあ」

B「ああ」

A「『何とかの権化』みたいな言い方ってあるじゃない」

B「慣用句的な?」

A「的なっていうか、まあそのものだけど。それの似た言い方でさ、『何とかが服着て歩いてる』っての、あるでしょ」

B「ん~?」

A「いやあ、だから、例えば『バカが

B「『バカが服着て歩いてる』」

A「ああ、そうそう。それみたいな感じでさあ、あの、んふふっ」

B「なによ」

A「まあその、いや、すげえくだらない言葉遊びみたいなもんなんだけど、その『服着て歩いてる』ってのさあ……『露出狂が服着て歩いてる』だとどうなるんだろうな、と思って」

B「……」

A「……あっそんなにだった?」

B「お前そんなことばっか考えてんのか」

A「いや、まあ、別に暇だったからだけど」

B「めちゃくちゃ面白いじゃねえか」



B「まず単純に慣用表現として考えれば、『露出狂が服着て歩いてる』の意味は『露出狂そのもの』だよな」

A「そうだな。バカ然り、真面目然り」

B「ああ。ただ、露出狂が服を着ているというひとつの意味ある文章として捉えてしまうと、『露出狂が服着て歩いてる』の意味はよくわからなくなっちゃうって話だ」



B「じゃあちょっと露出狂が服を着て歩いているという文章の意味を考えてみようか?」

A「なんで疑問形?」

B「自分でも何言ってんのかわかんねえからだよ。二度と発することのないだろう言葉が俺の口から今出てんだよ」

A「怒ってんの?」

B「いや怒ってはない。よくわかんないけど変なテンションになってるだけ」

A「おっけ。くだらないことを真剣に考えてくれてるってことね」

B「そういう感じ。で、俺が考えたのは、まず露出狂ってのは性癖であって状態ではないわけだから、露出狂にだって露出をしてないときはあるはずだってこと」

A「そりゃそうだ。彼らにだって慎ましやかな日常生活を送るくらいの権利はある」

B「だから露出という性癖を持った人物が服を着て歩いているという状況は起こり得るわけだ」

A「ああ、わかる気がする」

B「ここまでは大丈夫?で、こっからなんだけど、その時そいつは露出をしていない訳だ。だから服を着ている時の露出性癖保持者は露出「狂」たりえない。つまり露出狂とは性癖でもあり状態でもある」

A「んん?」

B「以上より、『露出狂が服着て歩いてる』の意味は『片手落ち』って感じになる。『内面と外面の乖離』、『思想と体現の齟齬』でもいいかもな」

A「よくわかんない」

B「逆を、いや対偶か。それを考えてみろよ」

A「『露出狂が服着て歩いてる』の対偶……」

B「『全裸で全力疾走する紳士』」

A「それもう紳士じゃねえよ」

B「そういうことだよ」



A「……なるほどねえ。いや、でも、確かにそうだ」

B「歯切れが悪いな。どうしたんだよ」

A「状態だけなんじゃないかな、と思って」

B「露出狂が?」

A「いやね、露出狂が服を着て歩いているというこの特殊な文脈においてのみは、露出狂は状態のみを表すだろうって話。普通は性癖だけど。つまりね、ある人物に露出願望があることを他人が理解できるのはその人が露出をしているときだけで、服を着ている露出好きを見抜くことはできない。だから服着て歩く露出狂なんてものは実際のところ存在しないも同然なんだ。つまり『露出狂が服着て歩いてる』の意味は『存在しないもの』だ」

B「存在しないも同然、かあ」

A「まあ別な見方をするなら、『たとえすぐ近くにあるものだとしても、その本質を見抜くことは難しい』ってとこかな」



B「いや。存在しないも同然ってのはやっぱおかしい」

A「そうかな」

B「今言ってたのはつまり、服を着た露出狂を露出狂として認識できる人物がいないからってことだろ?」

A「ああそうかも。だからそんな人がいたとしても事実上は存在しないも同然だって論法になるんだよ」

B「でもそう考えると、いるんだよ、一人だけ」

A「不可視の存在を視認できる存在が?」

B「なにちょっといい風に言ってんだよ。でもそう、そんな存在がいる。『この特殊な文脈においては状態だけを表す』って話を今してただろ?」

A「服を着た露出狂を見抜ける奴は誰もいないからな。それで?その存在ってのは?」

B「案外簡単だよ。『露出狂が服着て歩いてる』を今まで慣用表現とか文章、文脈として考えてきただろ?それを会話として考えてみたらどうだ?」

A「……見落としてたな、よく考えたら。というかよく考えなくたって分かるようなことだ。会話に必要なものはなんなんだって話。……その言葉を口にしてる相手か」

B「そう。確かに他人が露出狂を見抜くことはできない。だけど露出狂が服着て歩いてるって言葉を発してるその人だけは、服を着た露出狂を認識できる」

A「なるほどな」

B「だからそういう視点で考えれば『露出狂が服着て歩いてる』の意味は『相手の内面の理解』だ」

A「お前結構良いこというタイプなんだな」

B「そんなことないだろ。暇つぶしの末にたまたま辿り着いただけだ」

A「確かに俺もいい暇つぶしになったわ」

B「ん?どこ行くんだよ」

A「ああ、ちょっと用事を思い出した。あとさ、俺はでも『存在しないもの』説を採りたいかな」

B「そっか。まあ俺もどっちだっていいんだけどな」

A「それとな、また一個思いついたよ。……『嵐の前の静けさ』ってのはどうだ?」

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