第5話 女中事件


 皆さんは『女中じょちゅう』という言葉はご存知でしょうか?

 僕は幼い頃から、お袋のレタスにいつも言われていました。


「あたしゃ、女中じゃないよ!」と……。


 小さな僕は、意味がわかりませんでした。


「ねぇねぇ、お母さん、女中ってなあに?」


 すると、レタスは「簡単に言えば、お手伝いさん」と教えてくれました。

 要は母からすると、「自分は雑用係ではない。なんでもかんでも、自分に頼むな」と言いたいのだろうと、思います。


 しかし、その言葉を繰り返し子供たち3人に言うのですが……例外が一人おります。

 親父のキャベツです。


 お袋は三食全く違う食事を作ります。

 全部、親父のためです。


 そして夕方になると、家中を慌てて掃除し出します。

 毎日、毎日。

 キャベツが帰ってくると、昭和のテンプレみたいなセリフを言います。


「お疲れ様です……。お風呂にしますか? ご飯にしますか?」

「メシ」


 スーツを脱ぎ捨てて、Yシャツを床に放り投げると、部屋着に着替えたキャベツは晩酌を始めます。

 レタスは、キャベツが帰宅するまでに、僕たち三兄弟のために、しっかり料理を三品以上作ってくれました。

 しかし、夫のキャベツは好き嫌いが多く、晩酌用にまたつまみを作り出します。


「ビール」

 不機嫌そうにテレビを見ながら、そう呟くと、お袋が黙って冷蔵庫から、キンキンに冷えたビールを取り出します。

 そして、僕を呼びつけ、「幸太郎。これ、お父さんに渡して」なんて頼むのです。

 僕が嫌そうに「え~ またぁ? たまには母さんがしなよ」と断りをいれますが、「ダメよ! あんたが持っていかないとお父さん怒るんだから!」なんて苦い顔をします。

 渋々、僕はビール番として、何回もキッチンとリビングを往復します。

(500ミリリットル缶を三杯、焼酎お湯割りも兼任していました)


 この間、キャベツは微動だにしないです。

 食べている所を逐一、背後からお袋のレタスが観察しており、キッチンで直立不動で、待機しているのです。

 酒を飲むスピードに合わせて、次のつまみを作り始めます。

 温かい料理を出すためにです。


 これでもかってぐらい料理をテーブルに出しますが……。

「いらん! まずい! もう持ってくんな!」

「はい……」


 ですが、レタスは負けません。

 それでも、まだまだつまみを作り続けるのです。


 キャベツの晩酌が終わるころ、レタスがやってきて、「ご飯にしますか?」と聞きにきます。

 すると、キャベツが舌打ちして「半分」と答えます。

 指示された通り、半ライスを持ってくるのですが、その量を見たキャベツがキレます。

「半分じゃねーだろ! もう少し減らせ!」

「はい、すみません」

 キャベツの想像する半分になるまで、何回か繰り返します。


 ラストに、キャベツが食べ終わるのを見計らって、レタスはお茶を淹れます。

 これは、ちょうど良い温度にするためです。

 多分、ここまで来るのに3時間以上は、お袋レタスは立ちっぱなしで、尚且つキッチンから、リビングにいる夫キャベツの行動を見逃しません。


 次の日、僕が「ねぇ、お母さん。名札ってどこだっけ?」なんて言います。

 すると「なんでもかんでもお母さんに、頼まんで! 女中じゃないんだから!」と。


 果たして、レタスのイメージする女中さんとは一体どんなものだったのでしょうか。


 僕は30歳を超えて、晩酌をするようになりましたが、妻にこの話をすると。

「いや、自分でご飯ぐらいつげばいいじゃん! お義母さん、甘やかしすぎじゃない!?」

 と、同じ女性として憤りを感じるそうな。


 ああ、理不尽……。

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