第3話 ねぇ、お母さん? 事件
我が家は引っ越しがとても多かった。
と言うのも、親父のキャベツが務める会社が、年に二回も転勤させるというブラック?企業だからだ。
必ずと転勤するというわけではないが、辞令が出る春と秋は家族からするとビクビクしていた。
福岡→奈良→福岡→大阪→名古屋→福岡→東京→福岡。
僕が知っているだけでも、10年間でこんなに転勤の辞令が起きた。
全国に支部があるため、冷や冷やする。
物心ついたころ、僕は福岡で数年育った後、大阪に引っ越した。
まだ幼稚園の時。
それも卒園する数ヶ月前という、子供にとってはとても辛い出来事だった。
何百キロも離れた行ったこともない大阪という街。
不安を抱いてたのは僕だけじゃない。
小学校の高学年になろうとしていた長男の林太郎も、友達を捨ててまで旅立つのだから、かなり苦労したと思う。
今、考えるとキャベツだけ単身赴任すれば、いいだけの話なのだが、まあきっと寂しがったのだろう。知らんけど。
大阪に引っ越すと案の定、土地勘のない僕たち家族は浮いてしまった。
僕は学校から逃げ出して行き渋りが始まり、次男の三太郎はなんでかケガして入院、長男の林太郎は激しい反抗期がはじまり、毎日お袋のレタスに「死ね」「クソババア」なんて言いだす始末。
お袋のレタスもレタスで、それまで専業主婦だったのに、仕事を始めだした。
それもフルタイムの正社員でだ。
金には困ってなかったはずなのに……。
家族全体がバラバラに過ごし、会話も以前のようにしないし、笑うことも減った。
ひょっとしたら、キャベツとレタスは離婚しようとしていたのかもしれない。
とても冷えきった一年間だった。
楽しかった思い出が全然ない。忙しくてただただ慣れることに必死だった。
なので、あんまり大阪という街が記憶に残ってない。
だが、一つだけインパクトの強い出来事があった。
毎晩遅くまで仕事をして帰ってくるレタスを見ては、怒鳴るキャベツだったのだが……。
僕が夜中に目を覚ますと、お袋がいない。
甘えん坊でアトピーがひどかった僕は、せなかをさすってもらえないと眠れなかった。
夜中起きると隣りにレタスがいない。
いつもならいるのに……。
僕は廊下に出て、リビングに向かう。
誰もいない。兄貴たちは二段ベッドで寝ている。
じゃあお袋がいる部屋があるとしたら、和室ぐらいだろう。
この部屋は親父の寝室だ。
ガラッと襖を開けてみる。
一枚の布団に、なんでかキャベツとレタスが一緒になって眠っていた。
親父のキャベツはなんでか汗だくの背中で、お袋のレタスはサテン生地のベビードールを着ていて、違和感を感じた。
小学校の一年生だった僕が声をかける。
「ねぇ、お母さん。なにしてんの?」
振り返るレタス。
「ああ、幸太郎。起きたのね……」
そう言って立ち上がるレタス。対して、一向にこっちを振り向かないキャベツ。
「お母さん、一体なにしてたの?」
「ん? とにかく寝ましょうね。背中さすってほしいんでしょ?」
「うん、そうだけど……なにやってたの?」
「いいから、ほら。寝ましょうね」
そう言って、半ば強引に僕は子供部屋に戻された。
キャベツは勝手に部屋に入ると怒ったりするのに、なぜかその日だけは、僕に顔を見せることはなかった。
ああ、理不尽……?
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