第23話 大きくなって小さくなって
1
レリックとクロックが会議室に戻ってきた。
「イリヤとありすは無事だよ。特に問題はない」
「そうか、二人ともひとまず席に着いてくれ、今は八時十分か」
さっそく六助は切り出した。
「ついに二人目の犠牲者が出てしまった。クロックがさっき言ったように、犯人はやり口を変えたようだ。ありす様を直接狙うのではなく、まず障害となる俺たちを順番に始末していく腹積もりのようだ」
「しかし、どうやって犯人はドナルドの部屋に入ったのだろうか。あの部屋には窓はないからこの会議室からでなくては、あの部屋には入れないのに。しかし会議室には僕らがいた」
レリックが不思議そうに眉をひそめた。彼もその問題点には気づいていたようだ。
「その点については俺に考えがある。皆、このアジトが元は小人族の家だったということは知っているな? このアジトのいたるところに昔、小人たちが生活をしていた時分に造られた道や扉が残されているんだが――」
六助が例の小人の通り道についての考えを話すと、一同はあっと息を飲んで目を丸くした。
「じゃあもしかして、犯人はあの体がちっちゃくなる薬を飲んで……?」
リリーがさも信じられない、というふうな顔で言った。
「現場は密室ではなかった、ということか。体の大きさを変える薬を使えば、誰でも侵入することはたやすいね」
「誰でも、ではないな。少なくとも俺とリリーはこの部屋を出ていない。ドナルドが自分の部屋に籠った六時から、死体となって発見される八時まではな」
「六助、何が言いたい?」
「犯人は一気に絞り込まれた、ということさ。今言ったように、犯行があったとされる二時間ばかりの間、ずっとこの部屋に留まっていた俺とリリー、過激派でないと断定されているレリックとイリヤを除けば、あと何人残る?」
「この部屋を出て行ったのはクロック、ミーシャ、ハーブの三人だね。その中でも、もっとも長い不在時間があったのはクロックだ」
「ふざけんなっ」
クロックがテーブルを叩き、レリックを睨みつけた。
「俺じゃあねえぞ。俺は絶対やってねえ」
「それを今から調べるんだろ。まずミーシャさん、失礼を承知でお聞きします。あなたはこの部屋をいつ出て、何をしていましたか。自分の口で答えてください」
胸元のヒスイを弄りながら、老女は記憶の糸を手繰るように中空を見つめた。それが演技なのかは判断がつかない。
「私がこの部屋を出て行ったのは七時二十五分ごろでしたねぇ。どうにも小腹が空いてしまってねぇ。さぞ、いやしいとお思いでしょう?」
「いえ、そんなことは」
「いいんですよ。それで階下へ降りて、ちょいとキッチンに出向きました。パンとオリーブの塩漬けをちょっとだけかじって戻るつもりだったのですが、ほら、キッチンはリビングを通らなければならないでしょう。どうしてもキーラのことが頭をちらついてしまって、食後にもう一度曲を吹いてやっていたのですよ」
「それでも食うものは食ったのかよ。はっ、肝の座ったばあさんだぜ」
「静かにしろ、クロック。それで?」
「ここに戻ってきたのはたしか七時五十五分過ぎでしたかねぇ。だいたい三十分近く下にいた計算になりますね」
「その時、気になることや不審に思ったりしたことなどは?」
「特に何も……ああ、そういえばバターが切れておりましたよ。ほほほ」
「それじゃあ、次はハーブ」
一同の視線が刺さるようにハーブに向けられた。普段から消極的で争い事を好まない彼女は、この状況に強い重圧を感じているようだった。俯きながらひときわ小さな声で言う。
「私は、えーと、たしか六時四十分くらいにお手洗いに行きました。戻ってきたのが五十分頃だったかな」
「解毒剤を見つけたんだってね」
「あ、はい。そうです。それで帰り際にクロックと一緒になって。その他は特に気がついたことはありません」
ハーブは横目で色黒の大男を見た。
「じゃあそのままクロックに移ろうか」
クロックは頭をがりがりと引っ掻き回しながら冷めた口調で言った。
「六時に外に出て六時五十分に戻ってきた。目的は女王軍がどこまで迫ってきているかの監視とかっとなった頭を冷やすためだ」
「五十分の不在、ということだね。それで、何か発見はあったかい?」
「特にねぇな。人影一つ見なかった」
三人のアリバイが出揃ったが、全員が全員単独行動を取っていたため、アリバイを証明できるような人物は一人としていなかった。ハーブとクロックに関しては戻ってくる際に一緒になったようだが、だからといってそれで嫌疑を免れるわけではない。
「ちなみにレリック、君のアリバイも聞いておこう」
「おや、僕も疑われているわけかい」
白兎の少年は自嘲気味に肩をすくめた。
「一応な。犯行があったと思われる時間帯にこの部屋を出て行った以上は仕方がないと思ってくれ」
「なんだ、お前も出て行ったのか」
クロックがにやけながら言った。自分以外に追及の矛先が向くことがうれしいようだ。
「僕が出て行ったのはクロックがパトロールに出たすぐあと。六時をほんのちょっぴり回ったくらい……まあ六時ちょうどでもたいして変わらないが。ちょっと一人になりたかったものでね。自分の部屋にいたよ。何をするでもなく、じっと椅子に座って事件のことを考えていた」
レリックが戻ってきたのはハーブが席を立ってすぐのことだった。つまり、彼には約四十分の不在時間がある。
「レリックは生きているドナルドの最後の目撃者でもある。彼の様子にどこかおかしな点はなかったか?」
「いつもと違う、という意味ではたしかにドナルドはおかしかったね。普段の彼は聡明で紳士的な男だった。なのに、あの時の彼は何を言っても話が通じなくて、とりつくしまもなかった。無理にでも連れ出しておけば、と後悔しているよ」
それから六助は共に会議室に残っていたリリーに話を聞くことにした。
「私はたいして参考になるようなことは言えないと思うわ。そうね、ずっとこの部屋にいたから、皆が出入りするたびに時計を見てたわ。だから皆の時間に関する証言は間違っていないと思う、くらいしか言えないわね」
「それで十分だよ。ありがとう」
彼女は壁に掛かった時計を顎で示した。時刻は八時半を回っている
。規則的な秒針のリズムに急かされているような気になったので、すぐに六助は視線を外した。
「体の大きさを変える薬は分解蜂の毒や解毒剤を盗み出したタイミングで一緒に盗んだのだろうか」
「どうだろう。犯人の立場になって考えると、ありす様の暗殺が失敗したため標的を俺たちに変更した。その過程でドナルドが一人きりになったので、彼をまず殺すために薬を用いて部屋に侵入する方法を考え実行に移した。ただそれだけのことだと思う。事前に薬を盗んでいたとなると、お茶会の前の時点で犯人はドナルドが部屋に籠ることを想定していたということになってしまう。それは少しおかしくないか?」
「毒殺が失敗したあとのことも考えていたのかもしれない。あの薬があれば、少なくとも小人の通り道で繋がっている部屋を自由に行き来できるようになる。ありすが地下室以外の場所に隔離されるかも、と淡い期待を寄せていた可能性も否定できない……そういえば、あの地下室に小人の通り道はないだろうね」
「その点は問題ないだろう。あの地下室はマッド・ハッタ―が買い取ったあとに造ったものだからな」
「そうか、じゃあひとまず検討はこれで終わりかな。これ以上は論じることがない」
六助はすっくと立ちあがった。
「どこへ行くんだ?」
「薬剤庫を見てくる」
例の大きさを変える薬はまだ残っていた。
六助の記憶ではそれぞれ五個ずつ保管してあった。残されているのは小さくなる赤玉が三つに大きくなる青玉が四つ。つまり、犯人は小さくなる赤玉を二つと大きくなる青玉を一つ盗み出したわけだ。
犯人はまず赤玉を一つ飲み、小さくなった。
そして小人の道を通ってドナルドの部屋に忍び込み、青玉を飲んで元の大きさに戻る。ドナルドを殺害後、再び赤玉を飲んで小さくなり、部屋を脱出した……
「あっ」
それがおかしいことに六助は気づいた。
この薬の効果は一時間待たないと切れることはない。相反する効果を持つ薬で中和することもできるが、青玉は一つだけしか減っていない。これが意味することと現実で起きたことの矛盾が六助を苦しめた。
青玉の数が一つしか減っていないことから、犯人は小さくなって部屋を脱出したあと、元の大きさに戻るために一時間は待ったはずだ。しかし、一時間以上の不在がある人物は一人としてこのアジトの中にはいないのだ。
またしても壁にぶつかってしまった。
ここにあるものとは別に犯人は薬を持っていたのか? だが、それならばわざわざここから盗む必要はないはずだ。現に薬は減っている。犯人が小人の道を通ったことは事実だろう。
問題は薬の数だ。
その後、六助は娯楽室を訪れた。イリヤに薬の数量について確認を取るためだ。
「ああ、六助。ドナルドのこと、聞いたよ」
普段は男勝りで気丈な彼女も、この極限的な状況には気後れしているようだった。しおらしくなったイリヤをなんとか励まし、六助は本題に入った。
「あの薬ならありす様が興味深そうに見入っていたね。たしかにあの時の数はそれぞれ五個ずつだった。それは間違いないよ」
「そうか、ありがとう。ありす様によろしくな」
「六助。あとでミーシャさんにお礼を言っといてくれ。さっきもまたキーラのために曲を吹いてくれてたみたいなんだ」
「ん、それはいつ頃だ?」
「七時半くらいだったかな。それから十分くらい続いてた」
「そうか……判ったよ」
娯楽室をあとにして再び薬剤庫に入った。二つの薬の入った瓶と説明書を手に取って会議室に戻った。
「どうだった?」
部屋に入るや否やレリックが口を開いた。
「やはり薬は盗まれていたよ」
「そうか」
彼の視線は六助の手に中の薬に引き寄せられていた。会議室に残っているのはレリック、クロック、リリーの三人だった。ハーブとミーシャの姿がない。訊くと、二人はリビングの片づけに向かったという。
「これが問題の薬なんだが……」
「お、子供の頃にこれで遊んだことあるぜ。懐かしい」
クロックが赤玉の瓶を掴んで言った。
「僕の家にもあるよ、これ。ありすが勝手に上がり込んだ時、これを飲んで小さくなっていたな」
「ちょっと待て、レリック。お前の家にもこれがあるのか?」
「うん、それがどうした?」
「いや、仕方ない。話しておこう」
時間的矛盾について説明し終えると、レリックは低く唸った。
「なるほど、状況と薬の数のつじつまが合わない、ということか。自己弁護をしておくと、僕は家にある薬は持ち出していない。もし信じられないのなら、ありすがその場にいたから彼女に確かめてほしい」
「あとで確かめてみよう」
おそらくこの問題の解決が犯人特定に大きな役割を持つ、と六助は直感していた。
二人の命を犠牲にして、ようやく犯人探しは緒に就いたわけだ。その後、娯楽室に足を運び、イリヤを仲介してありすに先ほど話題に出たレリック宅の薬について尋ねてみた。
彼女が言うには、レリックは自宅にある薬を持ち出すそぶりは見せずまた、自分も同様だということだった。それから階段を上がって会議室に舞い戻り、そこにいた三人に向かってこう告げた。
「とりあえず、犯人の通った道筋を辿ってみようと思う。誰か一緒に来てくれる人はいないか?」
つまりはこの薬を使って小人の道を実際に通ってみるのだ。
「私、行くわ」
リリーが率先して手を挙げた。
「俺はよしとくぜ。小さくなったところを犯人に踏み潰されるのはごめんだからな」
「レリックは?」
「僕も遠慮するよ。それより、さっき僕が言ったことの裏は取れたかな」
「ああ、ありす様の証言だ。疑う余地はないさ」
「ならよかった。それじゃあ、気を付けてね」
「ああ」
そうして六助とリリーはドナルドの部屋に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます