クールな僕はまるでヤングアメリカン

 

 二日後、金曜日、夜七時。

 山野からの電話には礼儀正しく二つ返事で応じ、川原は集合場所でそわそわと待っていた。

 今日はコンビニの夜勤バイトがあったが、昨日からしっかりと風邪をひいた演技をして、シフトを入れ替えてもらった。

 代わりに夜勤に入った毛髪の心もとない中年男性、中国人のりんさんには申し訳ない気持ちが無いわけではなかったが、それ以上に、これからの出会いへの期待で頭がいっぱいだった。


 携帯電話のカメラモードをインカメラに切り替え、髪型を整える。

 ボサボサに伸びたきついくせ毛を、雑誌で見たセクシーミディアム風に仕上げる。

 ワックスでハネさせた髪は、それでも『無造作ヘア』と呼ぶらしい。

 少し染めておけばよかったかと、黒髪を指先で弄る。


 服装は、持っている服の中で一番年相応なものを選んだ。

 赤い襟に数種類のボーダーが入ったポロシャツ、ダメージ加工のデニムパンツ、青のレザーシューズ。


 他に持っている服は、総合スーパーの衣料品売り場でワゴンセールされていた千円以下の服ばかり。

 中学生向けだとよくバカにされる。


「お、キメてきてんね。気合い入れちゃって、まあ」


 山野がにやけながら現れた。

 『たたかう』コマンドを選択したくなり、川原はゲームのやりすぎだなと頭を軽く振る。

 そういえば、バイト以外の時間はほぼゲームばかりだ。


 山野は細身で背が高く、その体型を強調するような、裾の短い黒のジャケットを着ていた。

 中は白のポロシャツ、下は黒のコットンパンツ。

 足元は、爪先だけ赤い黒の革靴。

 黒と白でまとめたシックなコーディネートは、川原には随分大人びて見えた。

 もうすぐ三十代に突入する自分たちには、こういう服装が年相応なのか。

 少し茶色に染まったソフトモヒカンは、若作りのようにも思えた。


「あ、そうそう。今日は4対4だから」


 山野の後ろには、同じようにファッション雑誌のモデルのような服装と体型の男が二人。

 山野から名前を紹介されたが、今夜限りの関係だろうと川原は覚えようともしなかった。


 このまま集合場所で女性陣を待つのかと思いきや、彼女たちは先に店で待っているらしい。


「じゃあなんで、男だけで集合する必要があるんだよ?」


「いや、お前のためじゃん。心の整理とか、前もって決めとくこととかあるでしょ?」


 山野が軽く笑い、後ろの二人もつられて笑う。

 合コン素人扱いか。

 バカにされた気分になったが、確かに久しく合コンなんてしていない。

 違いはないか、と川原は怒りを飲み込んだ。


 最近はろくに女性と会話していない。

 確かに、心の整理は必要かもしれない。


「アルバイトじゃモテないから、俺らの会社の同僚ってことにしとけよ」


 山野がそう言うと、川原は「ああ」と頷いた。

 頷いたものの、山野が何の仕事をしているのかよく知らなかった。

 山野はよく仕事を変える。

 何の仕事をしているのか聞くたびに「言ってなかったっけ?」を枕詞に、いつも違う職種を答えていた。


 集合場所から暫く歩いて、宅配専門のピザ屋の前に辿り着いた。

 なんでピザ屋? と首を傾げる川原の腕を、こっちだ、と山野が引っ張る。

 引っ張られた先、ピザ屋の横には地下に降りる階段があった。


「知り合いがさ、やってる店なんだけど。ほら、この通りわかりづらいだろ? で、客入り悪いからここでヤって金落としてくれって」


 階段の横には店の名前が書いてある置き看板があるが、一見してピザ屋のものだと間違われても仕方ないだろう。


 レンガ模様に塗装された壁に川原は手をやりながら、少し急な階段を山野について降りていく。

 暫く降りた先に、やたらと立派な木製のドア。

 ドアにも壁にも店の名前もレリーフ等の飾りも無い。

 地下だからなのかひんやりと冷たい風が身体に当たり、川原はあまりいい印象を抱かなかった。

 まるで、ホラーテイストの洋館の様だ。

 金色に輝くドアノブを回し、山野はドアを引く。

 ぎぃぃ、と重い音が鳴り、それより大きな音で、からんころん、とドアの内側の鐘が響いた。


「いらっしゃい。って、山野かよ。ほら、女の子、めっちゃ待ってるぞ」


 口に髭を蓄えて、長い髪を後ろに束ねた人の良さそうな店主がカウンターの中でそう言った。

 店の奥にある入り口と同じようなドアを指差しながら。


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