ボクからしてみたらキミだってアイドルみたいなもんよ?

清泪(せいな)

ダンスフロアーに華やかな光

 

 携帯電話の画面の中で、若い女性が吐息を漏らしていた。

 少し茶色がかったセミロング。

 整った顔立ちに細い眉、細い目。

 日焼けを徹底的に嫌がった白い肌に汗が垂れる。

 脂肪が揺れる中年男性。

 上下に揺れる若い女性。

 その女性の吐息を漏らす顔が昔バイト先で知り合った女性に似てるなぁと川原聡かわはら さとしは思った。

 確か名前は、原田はらだ……マキ、か、ミキ。

 名前で呼んだことが無いのでよく憶えていない。

 倉庫作業でのバイトで、制服に名札が付いていたが原田としか書いてなかった。

 会話自体、指で数えれる程しかしていないので原田という名前の記憶も少し危うい。

 それでも、携帯電話の動画で吐息を漏らす女の顔が原田に似ていると思えてきた。

 少しぐしゃっとなった顔が特に似ている。


 そう思えてくると川原の心も身体も何だか萎えてきた。

 昔のバイトが勝手に思い出される。

 それは二十代前半の思い出。

 男子校の高校を卒業して、就職に失敗して、始めたアルバイト。

 安い賃金に釣り合わない過酷な労働。

 そんな中で働く女性作業員達との交流は川原にとって遅い青春であった。


 青春なんて甘いもんじゃねぇなぁ。

 昔と同じ感想を抱いて川原は携帯電話の電源ボタンを押して動画を消し、下げていたズボンを履き直した。

 今日はヤメだ、とぼやいた後座っていたソファーに横になった。

 手を伸ばして床の上の携帯電話の充電コードを探す。

 コードを手に掴み携帯電話に差すと、それを目の前のテーブルに置き代わりにテレビのリモコンを取る。

 テーブルを挟んで向かいの位置にあるテレビにリモコンを向けて、電源ボタンを押した。


 映像よりも音声が先に流れた。

 男性の落ち着いた声が政治批判をしている。

 画面の左下には、データ受信中、という文字が表示されていて川原は、遅ぇよ、と呟いた。


 映ったニュース番組では、いつもの様に政治批判をある程度行ったあと、何処かの誰かが何処かの誰かを殺したという話を垂れ流す。

 神妙な面持ちで事件を告げたすぐあとに、次はスポーツです、と言った刹那には顔は笑顔になっている。

 切り替え早ぇなぁ、と川原はまた独りごちた。


 携帯電話が鳴る。

 ジョージ・ベイカーのリトル・グリーン・バッグ。

 レザボア・ドッグスという映画のタイトル曲だ。

 この曲を聴くたびに川原は、自分も一攫千金を狙って銀行強盗でもやってみるか、という気持ちになる。

 でも仲間いねぇじゃん、と愚痴る様に呟いてその気持ちを押さえつける。

 手に取った携帯電話のディスプレイに山野彰太やまの しょうたと名前が表示されている。

 川原は一息吐いて、横になったまま携帯電話を耳に当てた。


「おう、川原、相変わらす独りでぼやいてんのか?」


「うっせぇ」


 山野は以前薬品工場でバイトしていた時に知り合った、悪友とも呼べる友人だ。

 青春なんてキラキラしたものの中には決して入れるわけにはいかない、犯罪すれすれの事を教えてくれた、というより巻き込んでくれた人物だ。

 夜十一時が過ぎ、ニュースキャスターも頭を下げて別れを告げた時間の電話。

 あまりいい話ではない気がする。


「で、今日は何?」


「川原さぁ、女飢えてんなら合コンしない? 人妻合コン!」

 

「人妻? 俺、熟女好きじゃねぇけど」


 人妻という単語に川原は昔サンプル動画で観た熟女モノのそういうのを思い出す。

 だらしない肉付きのオバサンが揺れる様に、ただただ嫌悪感を抱いただけだった。

 確か高校生の時に観て、出てる女優が自分の母親ぐらいの年齢だったので尚更嫌悪感が増したのだ。


「いやいや、人妻っつってもオレらと近い娘ら集めてっから。何なら二十代前半とかいるし」


 近い年齢というと、プラスマイナスしてもアラサーってところか。

 川原は声を出さないように頷いた。

 ちょうどいい年齢だ。

 一度女子高生との合コンに出たことがあるが、話は合わないわ、自分の張りきりが虚しくなるわでうんざりしたことがある。

 年上も合わなければ、年下も合わない。

 同い年、同じ世代の同じ様な悩みを持ってそうな女性がいい。


 いつまでたってもまとわりつくようなモラトリアムに悩まされる女性がいい。

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