クーデレ彼女★お稲荷さん

かんひこ

クーデレ彼女★お稲荷さん

 俺がその人と出会ったのは、高校一年の春の事だ。

 ビロードのように滑らかな黒い髪を後ろで一つくくりに結った、凛々しい顔立ちのクールビズ。

 肌の色は雪のように白く、背筋はスラッと伸び、風に舞い散る桜吹雪によく映える。

 唯一、胸はさほど大きくはなかったが、それさえも魅力に感じてしまうほどだ。


 そんな、行き交う人の誰もが放って置かなさそうな女性が、ただ一人通学路の脇にある稲荷社で、桜を見ながらみたらし団子を食っていた。

 花見のつもりなら、そこは普通三色団子だろう。と、そんな風にこの美女を見つめていると……


「ん、君……どうしたんだい? 私の顔に何かついてる?」


 案の定、バレてしまった。

 とっさに何か言おうにも、焦ってまともに声が出ない。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。……深呼吸。そう、深呼吸。そして冷静に返事を返す。そう、まずは謝罪からだ。よし行くぞ!


「あ、あのっ――」

「あ、もしかして君、お腹減ってるの?」

「えっ?」


 コンマ数秒の差で俺が頭を下げようとした所に、彼女はそんな台詞をねじ込んでくる。まるで俺には発言の機会を与えないぞとでも言うように。


「お腹減ってるから、この団子見てた。どう? 当たってるかな?」


 口元に小さく笑みを浮かべ、クールにそう言って見せる眼前の女性。

 頭の上に花びらが乗っかっていなければ、或いは頬に団子のタレがついていなければ、心の底からカッコいいと思えたのだろうが。


 だが、どうする? ここでNoと言ってしまえば、話が更にややこしくなる。しかしYesと答えるのもそれはそれで……ぐぬぬ、俺はどうすれば、どうすれば良いんだ……!




「その団子、美味しそうですね」

「お、やっぱりか。私の勘、良く当たるんだよ」


 結局俺は、彼女の台詞に乗ることにした。

 自分の予想が当たったと見て、彼女は少し嬉しそうだ。

 ええい嘘つきとでも何とでも言え! 第一仕方ないじゃないか。ここであれこれ言及されて「実はあなたを見ていました」なんて気色の悪い事実を伝えるよりは幾らかマシだろう。

 俺は冷静に考えられる男。嘘も方便だ!

 そうやって、誰にするでもない言い訳を頭の中でべらべら並べていると、


「今日はいい日だ。何なら君も、一緒に食うかい?」


 彼女は唐突に、俺に団子を差し出した。

 さっきまで彼女が食べていたものを、だ。


「え、えっ!?」


 ……前言撤回。やはり嘘は良くない。

 俺の心臓が過去最高速度で弾ける。

 体温はオーバーヒート寸前まで急上昇。


「ほら、どうした? こっちに来なさい」

「え、あっ……あ…………」



 ――これが彼女、稲荷真琴いなりまこととの最初の出会いだった。



 *



 彼女が俺の高校の一つ上の先輩だと知ったのは、その翌日の事だった。

 品行方正、眉目秀麗、文武両道、冷静沈着……彼女はいわゆる、学園のマドンナというやつだったらしい。

 なんでもかんでもクールにこなし、誰に対しても分け隔てなく接するその姿。時代が時代ならきっと今頃彼女は有名人の奥方として召し抱えられ、何かしらの歴史を動かしてたであろうと思われる。

 そんな彼女、もとい稲荷先輩は今……



「また今度、あの店の団子買ってこよう」



 ……何故だか知らんが、俺の隣に座って弁当を食べている。

 それも滅茶苦茶可愛いキャラ弁。

 某有名黄色ネズミをかたどったオムライスに、リラックス効果のあるブラウンベアーのミートボール等々、クールキャラには思えない弁当の中身だ。


「おっと、この弁当はやらんぞ? うちの兄さんが一から作ってくれた、愛妻ならぬ愛兄弁当だからな!」


 そう言って、自慢気に無い胸を張る稲荷先輩。

 なるほど、彼女は兄弟想いで食べることが大好きな人らしい。

 それはそれとして……


「あの……」

「ん、どうした?」

「なんで先輩は今俺の隣に?」

「なんだ、食事は一人の方が良いタイプだったか?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「なら問題なし! ほらほら、君も弁当をあけたまえ、そして一緒に食べたまえ!」


 ……まるでジェットコースターみたいな人だな。外でクールやってる反動なんだろうか?


 まぁ良い。俺もこんな美人と一緒に飯を食べれて、嬉しくない訳じゃない。

 唯一の懸念は、他の男達からの嫉妬だが、まぁなるようになるだろう。

 俺は押しきられるように、持ってきていた弁当を開けた。そして……


「え、これだけ?」


 軽く引かれた。

 全く、出会ってまだ一日しか経っていない後輩の弁当を見てそんな反応をするとは、失礼極まりない。


「そうですけど……なにか?」


 高校一年男子の手作りなのだ。これでも上々と思ってもらいたいものだ。


「いや、だってこの弁当――」



 ――白ご飯だけじゃないか



 そう。その通りだ俺の弁当には、およそ一合弱の白米が詰まっている。これと家から持ってきた水筒のお茶が、俺の昼飯だ。


「高校一年、親無し金無し一人暮らしの男が作るんですから、少々味気なくてもしょうがないでしょう?」

「いや、これは味気ないとかそういう問題じゃ無いだろ」


 ぐぬぬ。確かに言われてみれば、栄養が偏ってるかもしれない。

 でも朝昼晩の三色で、一応ちゃんとバランスはとっているのだ。

 朝は野菜類、昼は炭水化物、夜は魚。無敵の陣形だろう。

 そんなようなことを、それとなく稲荷先輩に伝えたのだが……


「全く。そんなだから君は背が伸びないんじゃないのか? 私としてはちょっと心配だぞ」


 しっかり心配された。くそぅ、不可解だ。


「心配だから、これから弁当作ってやる。任せておけ。最近は兄さんが作ってくれてるが、これでも料理は得意なんだ」



 ……は?


「え?」

「昼飯ぐらいちゃんと取らなきゃ、午後の授業に集中出来んだろ?」


 いやいやいや待て待て、理解不能だ。

 なんでこんな展開になってる?

 それにそもそも、


「なんで……」

「ん?」

「なんでそんなに良くしてくれるんですか? 俺達、まだ出会って一日目ですよ?」


 そうだ。初対面は昨日の稲荷社。そこから実際のところ、まだ二十四時間も経っていない。お互いまだ、何も知らない状態なのだ。

 なのに、なのに何故彼女はこんなに俺の事を……


「うーむ。団子の食いっぷりがよかったから、とかじゃ駄目か?」

「はぁ?」


 この人、いったい何を言って――


「あんなに旨そうに物を食う奴、私は初めて見た。良いものが見られて気分がよかった。だからその見物料として、ぼk……私は食事を提供する。等価交換というやつだ。拒否権はない! 良いな?」


 ん? ぼ? 「ぼ」ってなんだ?

 って、待て待て! 拒否権はないだと!?


「それってつまり俺は……」

「私の満足するまで、私の飯を食え。返事は?」


 稲荷先輩は横暴で、ミステリアスだ。



 *



 彼女……真琴さんと出会って、一年が経った。

 あの日以来、彼女は本当に毎日毎日、俺の分の弁当を持ってきてくれた。

 その実行力たるや、学校が休みの土日のみならず、俺が病欠したときや、警報で休校になろうとも、彼女は我が家まで押し掛けてくるほどだ。


 ……そして気づけば、俺達は常に二人で行動していた。



「おーい、可愛い我が後輩ー」


 今日は日曜日。大学受験を控えた先輩の学力向上もかねて、俺の家で勉強会をすることになった。


「はいはーい。って真琴さん、今日もジャージですか?」

「この格好のが楽で良いんだよ。ほら、勉強するぞー」

「へーい……」


 俺は相変わらず、彼女にブンブン振り回されている。

 この関係は、もう変わりようがないのだろう。第一、俺はこの人に頭が上がらないのだ。



 真琴さんと仲良くなるにつれ、彼女は次第に自分の家族について、身の上について話してくれる事が増えた。

 両親が早くに無くなったこと。

 今の自分があるのは、十二歳上の兄のお陰だということ。

 そんな兄妹を、親戚は見放したこと。


 彼女の境遇は、俺に良く似ていた。

 俺も両親がおらず、それこそ高校に入るまでは少し歳上の姉貴と共に暮らしていた。

 そんな姉貴が亡くなってから、彼女の残した遺産と遺言に従って、俺は生きている。


 高校を出て、大学を出て、立派になって、親戚連中を見返してやれ。


 ……今思うと、彼女と出会えたのは運命だったのかも知れない。

 弟想いの姉が寄越した最期のお節介。それが真琴さんとの出会いなのかもと思うと、ほんの少し、本当に少しだけ、良い気持ちになれる。



 今日、俺はこの人に告白する。


 俺はずっと、彼女の事が好きだったんだと思う。

 それを今、彼女に告げる。

 週明けから、真琴さんは受験やら何やらで忙しくなり、会えない日が増えるのだ。

 今告げなければ、俺はきっと後悔する。何も言えないまま、俺は機会を逸してしまう。


 ……例え断られても、それが彼女の意思なら、俺は本望だ。

 だから俺は、俺は――!


 ガタッ!


「うおっ、危な……!」


 その時の光景を、俺は一生忘れないだろう。


「ちょ、真琴さんッ!!」


 階段を踏み外し、俺の上に降ってくる彼女の姿を、


「「うおぉぉぉぉ!!!」」


 同時に叫び声をあげる、俺達の声を、


「……痛ってぇり真琴さん、大丈夫ですか?」

「おっ、おう……大丈夫だ……」


 俺に覆い被さり、頬を赤らめる彼女の顔を。そして、


 むにっ


「……え?」


 図らずしも、彼女の股に当たってしまった俺の手に走る感触を……



「あ、あの……真琴さん? 今俺の手に当たってるのって…………?」

「それは、それはな――」







































 ――それは私のお稲荷さんだ

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