第34話 ムクはやる気も熱意もあると思うよ?

 図書室を出て、興奮状態の小石と別れた。俺はまだ、学校に用事がある。


 目に入ったのは、教室正面の壁中央を陣取る、プロジェクタースクリーン。その手前の右には、先生用のパソコンが置かれた机と、移動式ホワイトボード。生徒の席は、長机一台につきデスクトップ型パソコンが二台。それが縦に七台、横に三台並んでいる。


 ここは特別教室棟の二階、プログラミング実習室。授業以外でここに来るのは初めてだ。


 数人の生徒がばらけて座りながら、それぞれ画面に向かっている。

 近くの生徒に声をかけてから入室したほうがいいのか、入室してから声をかければいいのか。教室後方の入り口に立って考えていると、最寄りの生徒がこちらを向いた。


「あれ? ムクじゃん」


 それは俺の友人、と本当に言っていいのかわからないのでやめておく。尾瀬おせの元クラスメートの、二年生だ。


「シロ先輩! あの、俺、プログラミング部を見学させていただきたいんですが、どなたに許可を取ればいいですか?」


「僕でいいよ。ついさっき、部長になったところ」


「……?」


「何不審そうな顔してるの? 冗談とかじゃなくてさ、三年生が引退して、ついさっき前部長から任命されたんだよ」


「なるほど」


「見学ね。じゃあ、一人一人何やってるか見せてもらおうか」


 シロ先輩と窓際の前の席に移動する。


「ちょっとごめんね、田村さん。画面見せてもらっていい?」


 背の小さい三つ編みおさげの女子。一年六組の生徒だ。名前は知らなかったが、顔は見たことがある。


「はい、部長」

 と言う彼女の画面には、プログラミング課題集のソースコードが表示されている。その内容に、思わず感嘆してしまった。


「すごいな。田村さん、俺よりだいぶ先まで進んでる。プログラミングが好きなの?」


「は、はい! あなたは七組の人ですよね? ツーブロックの人と仲良しの」


「う……俺ってそんなふうに見られてるんだ……」


 口の端がぴくぴくする俺を見て、シロ先輩がぷっと吹き出す。そして肩を震わせながら、田村さんの後ろの長机に視線を向けた。


「で、斜め後ろの男子は一年三組のいわ君。普通科だけど、君らと同じく、こし先生監修の課題集を勉強してる」


「すごい。磐城君も、俺より進んでる……」

 彼の画面を見て、また感嘆してしまった。


 黙々もくもくとキーボードを打ち続ける細長い指に、細い手首。肩幅も狭く、そのほそおもてじゃっかん青白い。


「たまに、田村さんに教えてもらいながら、ね」


 ぴたり、磐城君の手が止まる。じわりじわり、そのほおが酸性を示すリトマス試験紙のように、青から赤に変わった。


(彼女が好きなんだ。なんだか、親近感がくな)


「次、あそこに座ってる男子。おなクラでしょ?」


 シロ先輩が、揃えた指の手のひらで指しているのは、よく知ったリムレス眼鏡の顔だった。


しいか。おまえ、プログ部だったんだ」


「まあな。今、この本読んでるんだけど、結構面白いぞ」


 言いながら、彼が俺に手渡したのは『解説! 古典ゲームプログラミング』というタイトルの本だった。

 パラパラとページをめくってみる。オセロ、ブロック崩し、2DツーディーSTGシューティングゲーム――確かに古典なゲームのソースコードと、解説が記述されている。

 そして、彼の画面に表示されているのは、おそらくオセロのソースコードだ。


「マスの状態を……配列で……なるほど。こうやって考えるんだ、面白いな」


「椎地君はちょうど今日、課題集が終わって、とりあえず僕の本を貸してるとこなんだ」


「マジか! すごいな、椎地!」


むくは地頭いいんだから、その気になればできるだろ? に足りないのは、やる気とか熱意だろうが」

 リムレス眼鏡からのぞく、ジト目が痛い。


 あみだくじ男――椎地は俺が椿高つばこう商業科を志望した経緯を知っている。そう、彼とは中学二、三年のときも同じクラスだった。ごもっともな発言には苦笑いしか出ない。


「椎地君は知らないんだ? ムクはやる気も熱意もあると思うよ?」


 またシロ先輩がぷっと吹き出した。


「どういうことですか? 白沢しろさわ先輩。というか、こいつと仲いいんですか?」


「共通の友達がいてね」

 と言いながらシロ先輩が移動する。てか、白沢っていうんだ。


「次。副部長、二年生のくにさん」


 眼鏡のショートボブの女子が座る席。彼女も画面に向かっていると思いきや、パソコンがついていなかった。机にはノートや参考書が広げられている。


「彼女は、IT系国家資格の勉強をしてるんだ」


「シロも申し込んだんでしょ? 勉強したら?」

 国見先輩が口を尖らせ、ジト目で彼を見る。


「僕、追い込まれると本領発揮するタイプって知ってるでしょ? 国さん」


「知るか。落ちろ、シロ」

 彼女がシロ先輩を追い払ようなしぐさで、手を振る。


「あ、えっと、結構難関ですよね?」

 険悪な空気を、少しでも和らげなければ。


「うん。合格率二十五パー前後っていわれてる。まあ、彼女の言うとおり、僕もそろそろ勉強しなきゃなんだけどね? ちなみに僕が今やってるのは――」

 

 苦笑いしながら、シロ先輩が自席へ戻る。

 俺も続いて彼の席へ行くと、机に置かれていたスマホを見せてくれた。


 その画面の中央には真っ白なキャンバスが表示されている。下部にあるツールバーには、いろんなアイコンが並んでいる。お絵描きアプリだろうか? 長方形のアイコンをタップし、キャンバスをタップしてみる。すると、そこに長方形が配置された。それをタップすると選択状態になり、ドラッグで長さや大きさが変えられる。ダブルタップすると長方形内に、テキストが入力できる。


「スマホアプリ用の、ワイヤーフレーム作成アプリ。今は、モックアップまでできるバージョンを作成中なんだ」


 ワイヤーフレームとは、画面のレイアウトを線や枠で表現した設計図のことだ。

 モックアップとは、色や装飾など、画面のデザインを詰めたもの。機能はしない、本物そっくりの見本品のことだ。


 しばし、いじらせてもらう。


「ボタンとかアイコンから、画面遷移もできるんですね」


「うん。これ、スマホでぱっとできていいでしょ? 通学中の電車でとか、昼休みとかさ」


「はい。これ、ぜひ使いたいです! あの、実は俺、作りたいアプリがあって……」


「そうなんだ。で、どんなの作りたいの?」


「ノートにスケッチしたんです。見てもらえませんか?」


 リュックからノートを取り出し、シロ先輩に渡す。


「――ちょ、ムク……ドジっ子なの? ぶはっ!」

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