第30話 ――RINE、実は鬼アプリだな

 八月も半ばに差しかかった。


 朝食を済ませ、今日もノートPCの画面を見る。


『寺子屋名探偵 シーズン十二』


われながら、よくここまで観たな……)


 百ページある寺子屋名探偵感想ノートも、現在二冊目。話すことが溜まっているのに、あれから小石とは会うことはおろか、RINEリネでのやり取りすらしていない。

 彼女と話したい。顔が見たい。声が聞きたい。


(あぁ、完全に小石切れだ!)


 スマホを手に取り、RINEで小石宛に『会いたい』と入力した。もちろん送るつもりなんてない、ちょっとしたノリだ。続きを書くために改行しようと、エンターを押す。


 するとどうだろう、自分のアイコンがふきだしで『会いたい』と言っているではないか。


 そう、つまり送信されたのだ。


(エンター送信設定されてた……!?)


 大丈夫、既読になる前に取り消せばいいだけの話。そう落ち着いて取り消し操作をしようとした瞬間、ふきだしの横に無情にもあの二文字が現れた。


『既読』


(早ぇーよ!!!)


 ティントティント――


 追い討ちをかけるように、小石からの容赦ようしゃない着信音が部屋に鳴り響く。


(うわ〜〜〜〜! いや、落ち着け、誤送信って言えばいいだけの話だ)


「もしもし、小石!」


『ごめんねれん君、今私、東京で。会えないの』


「ち、違うんだ。ごめん、誤送信だから!」


『てるち? むく君?』


 電話越しにうっすら聞こえる声は――


八尾やおと一緒なのか?」


『うん。しいちゃん……あっ、漫研のしい先輩も一緒でね、初めてコミケに来たの。まだ開場前で、並んでるところ』


(コミケ……ニュースで見たことあるアレか。てか、いつの間に椎名先輩とまでそんなに仲良くなってんだ!?)


 だが、俺は小石の家に行ったことがある。きっと負けてない。落ち着こう。

 しかし次の瞬間、一気に空気を吹き出すゴム風船のように、落ち着きが飛んでいった。


『蓮君、彼女がいたの?』


 完っっ全に誤解だ! 一言『会いたい』なんて、そりゃそうか。


「違う! 彼女なんていないし、いたことないから! お、尾瀬おせに用があって!」


 まずい、これ以上喋るとマントルまで到達しそうなけつを掘りそうだ。


「ごめん、もう切るな! コミケ楽しんで!」


 慌てて通話を終了させた。

 息をつく暇もなく、後悔の波が押し寄せる。


 思わず口から飛び出した『嘘』。


 俺は小石の絵を『ものすごく下手!!!』と言ったときから、彼女には嘘をつきたくないと思っていた。好きな人には誠実でありたい。この信念だけは貫きたい、こうなったら――


 ものすごく嫌だが、『嘘』を『本当』にしよう。


(でも俺、尾瀬と繋がってないんだよな……。いでにでも聞くか)


 俺は小出ルートで尾瀬を友達に追加し、断腸の思いで『会いたい』と送信した。こんな日が来ようとは。……なんか俺、RINEに振り回されてんな。


「はぁ……」


(――RINE、実は鬼アプリだな)


 ピロン。


 尾瀬『いーよ( ^ω^ )♡』

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