第28話 俺と小石の関係――

 しばらく続いたらちが明かない綱引きに、俺は音をあげた。


「もうホント痛い。やめてくれ……」


 先に手を離したのは、意外にも太陽だった。


「あ、太ちゃんが先に離したから、私の勝ち……だよね?」


 小石も、大概な自分ルールをねじ込んでくるな。

 すると突然、


「うわぁぁぁん!! ボクだって遊び相手が欲しいのにっ! 友達はいないしっ、蓮も貸してくれないしっ、寂しいよぉ~!!」


 膝から崩れ落ち、つんいになって太陽が泣きじゃくった。肩は震え、うなれた顔からぽたぽたと落ちる涙が、畳のみになっていく。

 生意気言っても、やっぱりちびっ子。寂しいなんて、素直で可愛いじゃないか。


「たっ、太ちゃん! 泣かないで?」


 小石が慌てて、太陽のそばに寄る。


「ごめん。お姉ちゃんが大人げなかった……。蓮君と遊んでいいから。ね、もう泣かないで?」


 小石がうろたえながら、太陽の頭を優しく撫でる。


「うっ、うっ……」


 しゃくり上げながら、太陽がゆっくりと上体を起こし始めたとき――俺は見てしまった。


 ヤツの口元が、あざけるように笑っているのを。


(こいつ、凛太郎役の人並に演技派だ! 絶っ対今まで騙されてきただろ、小石!)


 とはいえ、彼女がショックを受けないように、真実は黙っておくことにした。


「じゃあ……行こうか、太陽」


「うん、ゲームしよ!」


 ほら、もう普通の声だ。手の甲で涙を拭きながら、したり顔してるし。


「私も一緒にやる!」


「姉ちゃんは下手くそだからダメ!」


「そんなことな――」


「みんな〜、お昼できたわよ~」

 



 昼食後、心なしか元気のなくなった小石は自室に戻り、結局太陽と俺でゲームをすることになった。


 彼の部屋はポカモンのぬいぐるみが目につくが、姉の部屋と比べるとだいぶ物が少なく、すっきりしている。


「何がいいかな〜? 『ズボラ』は一台じゃできないし。『真イクラ』……いや、『鬼鉄』な気分!」


「じゃあ、鬼鉄三年勝負はどうだ?」


「うん、いいよ! なんか賭けよう?」


『賭け』という言葉に思わず、にこにこ顔の太陽と、にやにや顔の嫌なヤツが重なる。


「そうだ、ボクが勝ったら、下僕になって?」


 ホント、可愛い顔に似つかわしくないセリフだな。


「そういう言葉、どこで覚えてくるんだ?

 まあ、いいけど。じゃあ俺が勝ったら……そうだな、人をけなすのをやめてくれるか?」


「バカとかブスとかってこと?」


「そういうの全般。わかるよな?」


「まあいいよ? 負けないし」


「あと、人を困らせるようないたずらも」


「まあいいよ? 負けないし」


「あと、嘘泣きやめろ」


「気付いてたんだ。まあいいよ? 負けないし」



 

 一時間後。


「蓮、エロい!!!」


 完全に小石の部屋に届く音量で、太陽が悔しげに叫んだ。 

「言葉! 『いやらしい』だろ!」


 俺はちびっ子相手に、容赦も大人げもなく圧勝した。


「ずっとスペシャルカードマス回るとか、卑怯だぞ!」


「卑怯も何も、戦法だから」


「……まあいい、約束は約束だ。有言実行してやる」


 ふくれっ面だけど、約束を守るなんて偉いじゃないか。俺は太陽の頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。


「じゃあ俺、姉ちゃんの所行くな?」


「よし、ボクは今から攻略動画観る!」



 さて、小石は――。


(あれ?)


 開けっぱなしのふすま。そこから、先ほどまでは敷かれていなかった布団に、こちらに背を向けて寝ている小石が見えた。


 電車でも寝てたのに、よく寝るんだな。

 起こすのもなんか悪いし……今日のところは帰るか。小石母に挨拶をして、おいとましよう。


 階段を下りてリビングに向かうと、小石母はテーブルでお茶を飲んでいた。


「あら、蓮君。ごめんねぇ、輝、ちょっと具合が悪くなっちゃって」


「え……?」 


 雲で日が陰り、部屋の明度がワントーン下がる。


(元気なかったの、気のせいじゃなかったんだ)


「熱ですか?」


「ううん、月一で来る頭痛なの。

 毎回続くようなら、また婦人科に相談に行こうかしら……。って、ごめんねぇ。こんな話されても、だよね?」


「……うちの母と同じです。毎回頭痛がつらいみたいで。

 四十歳になるまではピルを飲んでいましたが、それからは頭痛薬で凌いでます」


「まぁ。お母さんのこと、よく知ってるのね」


「あぁ、いえ……母が説明してくるんですよ。あの、今日は俺、これで失礼しますね」


「あら、ちょっとお茶していかない? 輝の話、聞かせてほしいの。ね、座って座って?」


 断れない、朗らかな笑顔の圧力。


「は、はぁ……」


 戸惑いつつも、小石母の向かいの椅子に座らせてもらうと、彼女は俺に緑茶と地元の銘菓のまんじゅうを出してくれた。


「いただきます」


「……輝、学校ではどう?」


 笑顔が陰ったその顔は、合格発表を見に来た受験生のように、不安の色に染まっている。


「――正直、ずっと『ぼっち』でした」


「やっぱり……」


「でも、昨日急に友達ができてて。あだ名で呼び合っててびっくりしました」


「そうなのね! よかった!! 輝ってばオタクでしょう? それに人見知りだし。心配してたのよ〜」


 不安から一転、自分の番号を見つけた受験生のように、その顔が喜びと安堵の色に染まった。


「小石は一人でも、自分時間を楽しんでましたよ! 弁当食べてるときも、休み時間に小説読んでるときも、放課後に絵を描いてるときも!」

 言いながらそれらの光景を思い出し、つい力説してしまった。


 日がまた照りだし、部屋の明度が元に戻る。


「そっか、輝がぼっちだから、気にかけてくれてたのね?

 実は昨日、輝、あなたとお弁当食べたって楽しそうに話してたのよ。だから私、『輝に新たな恋が!?』って期待もしてた」


「小石は好きな人、いますから……」


「あははっ。そうよね、輝ってば太巻先生にずっと夢中だもんね。

 蓮君。今日もわざわざあおまで付き合ってくれて、ありがとうね」



 

 それから一時間ほど喋って、ようやく玄関に立つことができた。


「お昼もおやつもごちそうになってしまって、ありがとうございました。お邪魔しました」


「こちらこそ。いろいろと聞けて楽しかったわ。また来てね」


「ありがとうございます。小石、早く良くな――」


「蓮、帰るんだ? またゲームしに来てよ。次こそ下僕にしてあげるからさ!」

 言いながら、太陽がドタドタと二階から駆け下りてきた。


「姉ちゃんが寝てるんだから、静かにしろよ」

 俺は、太陽の頭をぽんぽんした。


「あと、今日の約束守ってれば、たぶんそのうち太陽にも友達できるから」


「そうかな?」


「――じゃあな」


***

 

 ほんまつ駅のホーム。

 電光掲示板を見て察するに、俺が乗る方面の電車は、少し前に発車したばかりのようだ。

 次からは電車の時間を調べて、お暇するタイミングを考えよう。

 

(てか、『次』ってなんだよ?)

 

 俺と小石は自宅に行き来するような仲じゃない。今日はたまたまそういう流れになったからで、小石宅にお邪魔できたのは、これが最初で最後かもしれない。

 

 俺と小石の関係――


 それは悔しくも、『太巻先生探し』の上に成り立っている。

 それが終了したら……?


 ――ダメだダメだ! 切ないことを考えてないで、小石の快復を祈ろう!


(小石の頭痛が早く良くなりますように!!) 


 ホームにじりじりとした日射しが差し込む中、俺はひたすら祈りながら、一時間に一本の田舎の電車を待った。

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