第27話 もう俺……黙ってるよ

椿つばきざと高校演劇部 「寺子屋名探偵」 〜第二十九回 文化祭〜』


 黒地に白ヌキ文字のタイトルがフェードアウトし、画面が闇を映し出す。一拍置いて幕が上がりだし、しだいに明るいステージが現れた。


 中央には文机を並べて勉強する凛太郎と三郎さぶろう。彼らに文机を向ける形で、少し離れて太巻先生、剣蔵が座って筆を動かしている。カメラアングルが引きで顔はよくわからないが、衣装と髪で誰なのかはすぐにわかる。

 ここで急に、映像が止まった。


(……ん? このDVD、まさか壊れてる?)


「れ、蓮君! いる! あの太巻先生!」


 小石が右手にリモコンを握ったまま、左手で画面を指差す。その両手は、かすかに震えている。


「なんだ。一時停止か」


「あっ……。つ、つい……ごめんね?」


 続きが再生されると、すぐに凛太郎と三郎のアップになった。


『凛太郎、知ってるか? たれてらの噂』


『知らない。あそこ、はいじゃん?』


 三郎と凛太郎のこのやり取り、これは――。

 そこでまた映像を止めた小石が、目を丸くして俺を見た。


「蓮君っ! これ……!!」


「シーズン二十九、第十三話だな!」


 口角を上げて頬を紅潮させた小石が、両手を上げてこちらに向けている。どうやら、ハイタッチを求めているらしい。

 

 これに応えれば、本日二回目の接触になってしまう。

 

 一回目は、帰りの電車で船をこいでいる小石を支えようとして、触れてしまった。そして彼女は気付いてないが、俺にもたれかかってきて……。

 ありえないほど至近距離にある頬には、長いまつ毛の影が落ち、さらさらとした髪からは、シャンプーのいい匂いがした。そして俺は――

 

 バチン!

 

「蓮君?」


 両手で顔を挟むように自分自身にビンタをして、赤面ものの回想を打ち払う。

 さらに自分を落ち着かせるために、グラスに入った麦茶を一口飲んだ。

 そして、急にいた汗と、グラスの水滴が混じった手をズボンでごしごし拭き、「よし!」と気合を入れて

 

 バチン!

 

 小石とハイタッチを交わした。


「やったね! 蓮君!」


「あ、ああ! か、神回の続き、観よう!」

 


 それから凛太郎と三郎のやり取りが続いて、ついに太巻先生のアップが出た。


『凛太郎、三郎。私語をつつしんで課題をやりなさい』


 って、また一時停止だ。


「れっ、蓮君!!!」


「うん、わかった、わかってるから!」


 確かに『クッソイケメン』ということが。


「てか、2・5次元舞台って、バリバリメイクなイメージだけど、みんなそこまで濃くないな。まあ、カラコンとカツラだけでも、それっぽいもんな」


「でしょ!? 『すごく太巻先生』でしょ!?

 私のイメージにぴったりすぎてね、もう、椿高つばこうの制服姿のときは『現パロ!?』って思っちゃった! あっ、でも先生だから制服じゃなくて、スーツのほうだよね? ふふっ」


 円卓に身を乗り出し、俺に熱弁する興奮気味の小石もまた可愛い。ところで、


「『現パロ』って何?」


「『現代パロディー』の略」


 言葉で、なんとなく意味を理解した。

 


 それからしばらく、小石はおとなしく視聴していたが、やって来てしまった。

 おそらく、この話の一つの見せどころ――太巻先生が賊と戦うシーンが。


 賊が振り下ろした刀の先を太巻先生が鉄扇で受け、太刀筋を外へらしたところで、相手の脳天に鉄扇を振り下ろす。アニメを忠実に再現した華麗に舞うような殺陣たてに、思わず目が釘付けになってしまった。


(先生やばいな! この大立ち回りの演技力!)


 演劇の知識がまったくない俺でも、そう思える。そして、効果音のタイミングが絶妙な音響や、これを撮った人のカメラワークもまたうまい。


 小石はまた一時停止して騒ぎだすのかと思いきや、険しいかつ真剣な表情で画面を食い入るように観ている。身動きはおろか、瞬き一つさえしない。

 彼女に一時停止の隙など与えないほどに、この映像には突き付けてくるような『迫真力』があるのだろう。


 

 小石がおとなしいまま、やがてもう一つの見せどころが来た。家出した凛太郎を太巻先生が迎えに来るシーンだ。


『どうだ、似合うか? はははっ! 長い分、おまえより目立つな!』


 出た! 脱色した髪の、クッソイケメンのクッソ笑顔。ここで小石の一時停止が入ったのは、言うまでもない。


(そんな恋い焦がれた顔で、先生を見つめるなよ……。もう俺……黙ってるよ)


 虚ろな気持ちで、テレビの上の寺子屋壁掛け時計に目をやる。

 

 ――一分経過。


 ――二分経過。



(ちょ、さすがに長ぇーよ。五分経過したぞ……)



 結局、七分三十五秒経過したところで、ようやく一時停止が解除された。

 それから、太巻先生と凛太郎のやり取りが続く。

 セリフの間の取り方や感情の込め方、表情とか……やっぱりうまい。


 彼らが出会ったときの回想を挟み、先生が凛太郎を抱きしめるシーンになる。


『凛太郎は私の子供でも、兄弟でもない……赤の他人だ。それでも、本当の家族のように、かけがえのない存在なんだよ。

 おまえが祝言を挙げるまで、私は――』


 泣きだす凛太郎。


「……っ」

 そのとき、不意に自分の頬に涙が一筋、二筋と伝うのを感じた。


 慈愛にあふれた太巻先生の声。そして、先生で周りが霞みがちだが、凛太郎役の人もすごくうまい。演技で本当に涙出せるって、すごいことだ。

 もう、涙腺の刺激がえげつない。

 小石は口元を覆い、感涙の涙を止めどなく流している。



 最後は、太巻先生宅での凛太郎と剣蔵の絡みに、先生の笑いで幕が降ろされた。

 完全に幕が下りきるまで見届けた小石が、テレビ台にあったティッシュを円卓に移す。


「……蓮君。はい、ティッシュ……」

 と言いつつ、彼女自身も涙を拭いたり、鼻をかんだりしている。


「ありがとう……。話には聞いてたけど、まさかここまで――」


「そろそろ終わった? って、なんで二人で泣いてんの!?」


 突然、部屋の入り口からひょっこりと顔を出したヤツに、俺の発言がシャットダウンされた。


「あ! 別れ話ってやつか。じゃ、もういいよね?」


「…………は?」


 また突拍子もない発言をしながら、部屋と俺の心にずかずかと入ってくる太陽。おかげで寺子屋の余韻が、きんっきんに急冷されてしまった。


「ボクの部屋に来てよ、蓮!」


「太ちゃん待って! まだ蓮君と感想言い合ってない!」


「付き合った感想? RINEリネすれば?」


「そんなんじゃない! それにもう昼だし、そろそろ帰らないと」


「大丈夫。母ちゃんが蓮の分も、昼ご飯作ってるから。来て!」


「太ちゃん、ダメ!」


「いっ、痛い!!」


 俺の左右の腕を、まるで綱引きのように小石姉弟が引っ張る。


 本日三回目の小石との接触は、とても痛いものとなった。

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