第26話 ほらほら、私、優等生じゃないでしょ……?

「あっ、たいちゃん、ただいま!」


 小石と彼女宅の玄関に入ると、何やら植物の観察カードを持った、半袖半ズボンの『少年版小石』とはちわせになった。

 小学校低学年程度とはいえ、小石の家族。第一印象が肝心だ。ここは笑顔で挨拶をしよう。


「こんにち――」


 しかし、少年版小石は俺に挨拶の間すら与えず、


「母ちゃん! 姉ちゃんが男を連れ込んでる!」

 と、騒々しく玄関奥の部屋へと走っていった。


「待て弟っ! 言葉!!!」


 俺が焦っていると、奥の部屋からすぐに、今度は『おばちゃん版小石』がやって来た。


「あら、初めまして。ごめんねぇ、太陽が騒々しくて」


 小石のお母さんは童顔どうがんでぽっちゃりめ、背が低くて可愛らしい感じの人だ。弟は太陽か。『てる』に『太陽』。なんともまぶしい名前の姉弟きょうだいだ。

 感慨にふけってる場合じゃない。太陽のおかしな発言で地に落ちた小石の名誉を回復するため、誤解のないようきちんと挨拶をしなければ。


「だだのクラスメートの、むくれんです!」


 そう言って、三十度の角度でお辞儀をした直後



 小石のお母さんに投げた言葉が、ブーメランのように返り、自分の胸に突き刺さった。


「ぐっ……!」


「あらまぁ、私、てっきり……あははっ! 朝から張り切っちゃった!」


 小石母が俺の背中をバンバン叩く。胸だけでなく、今や背中まで痛い。




 洗面所で小石が手を洗う。


 彼女がいると、その場がワントーン明るく見える。そう思わせる純白のシャツワンピースは、袖部分のレースが程よい透け感で、涼しげだ。

 そして髪は、下ろしつつもカチューシャのような編み込みが施され、とても可憐だ。


 洗面台の鏡に、特別仕様の小石と、後ろでそれを見る私服の自分が映っている。なんとも非日常的な光景。しかし今、確かに俺は小石の家にいる。まだじんじんと痛む背中が、夢オチではないことを証明してくれている。


「私、飲み物とか用意するね。

 蓮君も手を洗ったら、先に私の部屋に行ってて? 階段上がってすぐの所だから」




 エアコンがついているわけでもないのに、心地いい風が吹き抜けていく。とても風通しのいい部屋だ。この六畳ほどの和室に響く、涼やかな風鈴の音が風情を――まったく感じさせない。

 それは風鈴の形状が、デフォルメ調の太巻おおまき先生だからなのか。


(予想はしてたけど……それ以上だ……)


 小石の部屋の天井や壁には、寺子屋ポスターやタペストリーなどが所狭しと飾られ、部屋の角にある本棚には寺子屋小説にコミック、サントラやキャラクターソングのCDなどが収納されている。

 もう一つ、とこにある本棚は、フィギュアやぬいぐるみをはじめ、いろんなグッズのディスプレイ場所になっている。ここは太巻先生だけじゃなくて、りんろう剣蔵けんぞうなど、他のキャラグッズもちゃんとある。


 ただ、その隣にあるづくえ。まさに寺子屋の文机なのだが、そこには額縁に入った太巻先生の写真(絵だが)が置かれ、その手前には先生ご愛用のてっせんのレプリカが広げて飾られ、その周囲は先生グッズオンリー密集ゾーンになっている。

 もはやこの文机は『祭壇さいだん』であり、写真はさながら遺影のような印象を受けるが、何も突っ込まないことにしよう。 


 俺が小石の部屋を見回していると、入り口に太陽が立っていることに気付いた。なんか、すごいドヤ顔だ。


「見てよ、この通知表!」


「自信満々な顔だな? そんなに成績いいのか、おまえ?」


 国語三、数学三――なんだ、オール三じゃないか。よく見ると中間の点数はいいのに、期末がろくでもない点数だ。


「……って、これ小石の!?」


「たたた、太ちゃんっ!!! 何やってるの!?」


 いつの間にか、お盆に飲み物とお菓子を載せた小石が、顔を真っ赤にして立っていた。部屋中央の円卓にお盆を置くと、小石は恥ずかしそうに両手で自身のほおを覆った。


「蓮君……ほらほら、私、優等生じゃないでしょ……?」


 困り顔かつ伏し目の、この破壊力。なんて思ってる場合じゃない。

 確かに。新入生代表も、落ちたもんだ。


「期末に何があった?」


「一夜漬けに失敗、というか寝ちゃって」


「は!? テスト勉強って、計画的にやるもんじゃないのか!?」


「実はそういうの……苦手で……」


(もし立て続けに一夜漬けに失敗して、小石が尾瀬おせみたいになったら……絶対嫌だ!!)


「頼む! 計画的に勉強してくれ!」


「う、う〜ん……」


 難色を示す小石の横で、したり顔の太陽。――にしてもこいつ、いたずらがすぎるぞ。


「太陽、おまえさ……学校でもそうやって、いたずらしてんのか?」


「え? まあまあかな」


「友達いる?」


「いないけど? クラスメートはバカとブスしかいないし。いらなくない?」


 確かにおまえは、姉に似て可愛いよ。でも、性格が残念だ。


「まさか、学校でバカとかブスとか言ってんのか?」


「うん!」


(何、一点の曇りもない純粋な笑顔で肯定してんだよ!)


「『うん!』じゃない! ダメだろ……」


 はぁ……この姉弟……。どうしたもんか。


「そんなことよりさ、ボク暇なんだ。遊んであげるよ」


「俺は姉ちゃんとDVD観るためにお邪魔したんだ。

 それにそういうときは、『遊ぼう』って言うんだぞ?」


「終わったらね? 太ちゃん」


「どうせ寺子屋のDVDでしょ? 『ポカモン』だったらいいのに」


 小石が笑顔で太陽の頭を撫でるが、彼は口を尖らせたまま。

 人様の家庭のことをどうこう言いたくはないが、太陽がこんな感じなのは――

 歳が離れた姉弟だけに、姉も親もヤツを甘やかしてきたんじゃないのか?


 俺はふてくされ気味に立ち去る太陽が気になりつつも、小石が再生を始めたテレビ画面の映像に、視線を移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る