第24話 そんなものは、微塵も求めておりません!!

「えっ? 名前もわからない? なぜですか?」


 体育教官室に、驚きをはらんだ多幾先生の声が大きく響く。彼のそばで立ち尽くす俺と、がっくりとうつむく小石。その様子を、隣席の若林先生が残念そうに見た。


 ウソだろ……顧問が部員の名前を把握してないって。


「――はい……はぁ……なるほど。そうなんですね」


 どんな理由だよ?


「文化祭のDVD? はい……。では、おすきのときにでも――」


 そのとき小石が、がばっと顔を上げ


「せ、先生っ!」


 授業中でもないのに、れいな挙手をした。


「なんだ小石、電話中だぞ? あ、すみません、少々お待ちください」


「今、文化祭のDVDって……!」


「ああ。椿高に置いていくつもりが、幕内先生がまだ持ってるって話だ」


「私っ、見たいです!」


「そのうち送ってくれるよ」


「いえっ! 今すぐ、取りに行き、伺います!!」


 言葉はおぼつかないが、情熱入りの凛々しい表情は、とても頼もしい。


「幕内先生も、『彼』の名前、ご存じないんですよねっ!?」


 小石の気迫が増していく。


「あ、あぁ。部員じゃなくて、すけだったそうだ」


 助っ人が主役やるのかよ。


「せめて、せめてDVDで、彼の姿が見たいんです!! 一刻も早く!!!」


 瞬き一つしない鬼気迫る表情で、小石が多幾先生ににじり寄る。


「う……ちょっと待て、聞いてみるから」


 たじろいだ様子で、通話が再開された。


「もしもし、お待たせしました。すみません、その生徒が今すぐ、DVDを取りに伺いたいと言いだしまして。――はい……ですよね」


 さすがに今日は無理そうな雰囲気だな。


「わかりました、ありがとうございます。ちょっと確認しますね」


 再び電話が保留にされた。


「小石。DVDは今、幕内先生の自宅にあるそうだ。明日学校に持っていくから、いつでも取りに来てくれって。

 ちなみにあお高校だぞ? 椿つばきざと駅から碧海駅まで電車で一時間半はかかるし、さらに駅から徒歩二十分だ。本当に行くんだな?」


(片道二時間か……)


「はい、九時に伺います!」


「――お待たせしました。では九時くらいに伺わせていただきます。

 ――はい、ありがとうございます、よろしくお願いします。失礼します」


「蓮君――」


「俺も行くよ」


 だって、小石と長時間一緒にいられるから。それに一緒に出かけるとなれば、自然な流れでRINE交換に持ち込める。


(俺の小石友好度が八尾に追い付く! むしろ抜く!)


 女子をライバル視するのも虚しい気がするが、そこは置いておこう。


「なんだ椋輪、にやついてどうした? もしかして……」


「は、はい?」


 まずい、うれしさが外に漏れた!


「碧海高女子との出会いでも、求めてるのか?」


「そんなものは、じんも求めておりません!!」

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