第22話 おまえ、そうだったのか!

 終業式に大掃除、LHRロングホームルームを終え、一学期が終了した。明日から夏休みだ。

 通知表を見せ合ったり、『プール』や『祭り』などと夏休みの予定を話し合っているヤツらが、教室の入り口から見える。


 そんな光景を尻目に、廊下に立つ俺と小石。向かい合ういく先生は、今日はサックスブルーの半袖シャツに、グレーのスラックスで上品だ。そんなレア姿の彼が、これまたレアな恐縮顔で、口を開いた。


「――例の卒業生のこと、知ってる先生がいなかった」


 小石がしょんぼりと、無言で下を向く。


「だから、幕内まくうち先生に電話することにした。彼女も忙しいだろうし……いつもの昼休みくらい、そうだな……一時くらいにしようと思う。

 おまえらはもう放課だけど、どうする? 結果は小石に電話すればいいか?」


 瞬時、小石が顔を上げ


「ありがとうございます、先生っ。私、その場ですぐに、先輩の名前を知りたい、です!

 一時に、教官室で、待機させてくださいっ!」


 多幾先生を食い入るように見つめながら言った。こういうときは、ちゃんと目を合わせられるらしい。


(情熱がほとばしってるな……)


「わかった、じゃあ一時に来てくれ」


「はいっ!」


 小石の威勢のいい返事を聞くと、多幾先生は一つうなずき、その場を離れた。


「一時か……小石は昼、どこか食べに行く?」


「うん、いづちゃんとモックに行く約束してるの。れん君も一緒に行かない?」


「――いづちゃんって誰?」


八尾やおさん」


「ちょ、いつの間にそんな仲良くなってんだ!?」


「昨日漫研訪ねたときに、RINEリネ交換したの。ほら、昨日私……あんな感じで出ていっちゃったでしょ? 心配して夜、いづちゃんがRINEくれたの」


 RINEとは、スマホ向けのSNSアプリである。


「へぇ……」


「でね、いつの間にか寺子屋話で盛り上がっちゃって。そうそう、いづちゃんの推しカプ、ふぐっ……?」


 いきなり小石の背後から、その口を何者かが抑えた。まるでサスペンスドラマの、クロロホルムを含ませた布を嗅がせるシーンのように。ところで『推しカプ』ってなんだ?


「うふっ、てるち〜?」


 言いながら小石の背後から出てきたのは――彼女より頭一つ分ぐらい背が低い、八尾だった。妙なほほみをたたえている。


(いづちゃんとかてるちとか、RINE交換とか……なんか俺の小石友好度、八尾に抜かれてない?)


「八尾。俺も一緒に昼、うぐっ……!」

 今しがた小石に起こった『クロロホルム』が、自分の身にも起こった。


「ムクは、オレとランチデートの予定でしょ〜?」


 そう言ってさらに肩までつかんできたのは、ツーブロックだった。


「そっか……じゃあ、一時にね! 蓮君!」

 口封じを解かれた小石が、笑顔で手を振りながら八尾と立ち去っていく。


(『そっか』じゃない! んなワケない!)


 そして八尾は俺と尾瀬おせを、なぜか感慨深げな表情で振り返る。

 二人の姿が見えなくなると、ようやく尾瀬から解放された。


「小石ちゃん、せっかく八尾ちゃんと仲良くなったんだから。女子トークさせてあげようよ〜」


「…………」


「昨日の話、教えて? そうだ、んめー亭行こう!」


***

 

 来たのは椿高つばこう近くの定食屋。軒先には『大衆食堂 んめー亭』と書かれた、色あせたテント屋根。それとともに、トタン張りの外壁が昭和のたたずまいを感じさせる。初めて入った。


 店内の照明は控えめで、涼しげだ。

 座敷には知らない椿高の男子、カウンターにはスーツや宅配便のユニフォームのおじちゃん、テーブルには私服のおばちゃんグループ。それなりに客がいる。

 壁には一品ずつメニューが書かれた、色あせた紙が並んでいる。レトロな空調に、レトロなビールのポスター。外装もさることながら、内装も年季が入ったお店だ。


 俺がきょろきょろしていると、座敷から声が飛んできた。


「オッセーじゃん!」

 前髪長めなセンターパートのタレ目が、尾瀬を指差す。


「オッセー、お疲れ」

 色黒な短髪の糸目が、手を上げる。


「おー、シロとクロ!」

 なんだかうれしそうな尾瀬。


 二人は何組だろう。どちらも麻婆豆腐を食べている。おいしそうだ。シロとかクロとか犬みたいだな……かく言う自分もムク呼ばわりだが。


「一緒に食べてもいい?」

 了解を得る前に、尾瀬が糸目の隣に座りだした。


「もちろん。こっちは……友達かな?」


 言いながらこちらを見るタレ目の隣に、俺は座った。


「そ、親友のムク。誕生日も席もオレの一つ後ろでさ。

 あ、ムク、そっちがシロでこっちがクロだから」


「親友じゃねぇよ! てか、いつの間に俺の誕生日情報仕入れてんだよ」


「ははっ、仲良しだな。ところでオッセー、大丈夫か? 通知表見せろよ」

 糸目を開いたクロが、不安げに尾瀬を見る。


(『大丈夫か?』って……?)


「いーよ」


 尾瀬がリュックをあさっていると、気の良さそうなおばあちゃんがお冷を持ってきてくれた。ついでに注文をしよう。


「麻婆豆腐定食一つお願いします」


「オレはレバニラで。ご飯増し増しでお願い!」

 尾瀬が注文しながら通知表をクロに渡す。


「いつもありがとね」

 おばあちゃんが、にこやかに厨房へ向かった。


 クロが通知表にさっと目を通し、シロに回す。

 俺もちゃっかり、シロの横から通知表をのぞんだ。


(――うわ、これはひどい……!)


 一は見当たらないが、二が多い。保健体育だけ五。順位は学科末位だ。


「オレ、頑張ったっしょ?」


「頑張ってこれか……」

 シロクロがため息交じりで同時に言った。


 嫌な予感が頭をよぎる。


「……尾瀬。おまえ、誕生日が四月一日ってことだよな?」


「そう」


「何年の?」


「ムクと同じ年!」


 おまえ、のか! よくもまあ、にやにやして言えるな。


「なんだオッセー、クラスメートには言ってないのか?」

 クロがきょとんとしている。


「だって、なんか敬語とか気ぃ使われそうだし」


(あれ? ということは……)

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